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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
それぞれのエピローグ
57/63

その先に夢を馳せて

 ほんの数秒、時が止まっていた。時を止める魔法、なんて高度だろう。彼は魔法でも使えるのか――

 解放された瞬間、メルデリッタの脳裏を霞めたことである。

 来訪者の存在は忘却していた。視線も呼吸も、意識は全てルエナに奪われていた。背後で男同士のやり取りがあったなど彼女は知る由もない。

 そんな夢心地のメルデリッタを現実に引き戻したのは、彼の一言だった。

「邪魔が入ったからもう一回してもいい?」

 開口一番、突っ込みどころが満載だ。

「邪魔って何ですか!」

「言葉の通りだけど?」

「も、もう一回って、む、無理です!」

 まだ唇を離しただけで距離は近い。早く離れたいような、離れがたいような、相反する感情が生まれては消える。

「俺のこと嫌い? そういえば、君の気持は聞いてないね。教えてくれる?」

 その表情も声音も、どこか不安げに感じるのは、おそらく演技だ。ようやく気持ちを自覚したメルデリッタには難易度が高いく、しばらく口をパクパクさせてしまう。それでも「聞かせて」と耳元で囁き乞われ、折れるしかなかったのはメルデリッタである。

「好き、です」

 さすがに真っ向から告げる勇気はなく、視線を逸らした細い声になってしまったけれど。

「じゃ、いいよね」

 やけに嬉しそうな、いたずらっ子のような響きで言うなり、メルデリッタは唇を奪われた。

 同じ光景なのに、口付は全く違っている。夢のような優しい口付に酔いしれている余裕はない。強く存在を主張され、深く溺れそうになっていく。いつの間にか絡めあっていた互いの手に力が入り、メルデリッタは縋るように握りしめていた。

 逃げたいわけではなのに、流石に息苦しさが限界だ。ようやく解放されたメルデリッタは、真っ赤になって逞しい胸にしな垂れる。

「温かい……」

 自然と回された両腕の温もりを享受する。

「それが感想? 俺は、小さいなーかな。あ、胸の話じゃないから安心してね。そっちはしっかりあると――」

「ちょっと! その話、今必要ですか!」

 感動を台無しにされ、暴れ出したメルデリッタを宥めるようにポンポンと叩く。

「ごめん、ごめん」

 大人な態度を取られると、目くじらを立てる自分が幼子のよう。だが失言はルエナの方だ、間違いなく!

 メルデリッタは悔しくなってそっぽを向いた。そんな小さな攻防の末、二人で微笑み合う。

 ひとしきり柔らかな空気を堪能してからルエナは言った。

「俺はもう満足だよ。ここらで帰ろうか」

 もう、この場にとどまる理由はない。メルデリッタと踊ることも出来たので、本当にルエナは満足しきっているようだ。早く帰宅して手料理が食べたいと催促された。

 元々は情報収集の為に参加したわけだが、全てが解決してしまった。これは誰の強運か、日ごろの行いの良さだろうと目を疑ってしまう結果だ。


「そういえば私、隣を歩いていますね」

 長い回廊を歩きながら、メルデリッタはふいに言った。特に意識してはいなかったが、唐突に実感したのだ。

「え、何かおかしい? パートナーは隣を歩くものでしょう」

「西の国に着くまでは、背を追い掛けてばかりでしたよ」

「ああ、そうだったかもね。後ろで躓いては躍起になって、そのくせ人の手は借りようとしないでさ」

 からかわれていると察したメルデリッタは不満の眼差で睨みつける。

「ごめんごめん、でも君は最後まで諦めなかった。君は、ここまで着いて来たんだよね」

 たとえ丸めこまれたにしろ、褒められているようでメルデリッタは誇らしい気分になる。

「言ったでしょう、気合いと根性でついてきました」

「これからもしっかりついておいで――って違うね。これからは隣を歩く訳だし、俺が君のペースに合わせないと」

 そこでメルデリッタは、はてと引っかかりを覚える。

「なんだか、またどこかへ行くような物言いですね」

「うん、さっそく行くつもりだよ」

 あまりにも初耳すぎて、さらりと告げられた内容にメルデリッタはうろたえてしまう。

「え、そう、ですか……。それは、長くなるのでしょうか?」

 せっかく想いが伝わったのに、もう離れなければならないなんて悲しくて項垂れてしまう。

「何を他人事みたいに、メルも一緒に行くんだよ」

「は? 唐突にどうしたんです!?」

 てっきり仕事だと思いこんでいれば、いったい何の用かと見当もつかない。そもそもどこへ行くのだろう。

「君に見せてあげたくて、とりあえず何処までも行ってみない? 時間の許す限り、世界を見せてあげたいんだ。海が綺麗な東の国、雪の降る北の国、熱い砂漠の南の国、天高くそびえ立つ塔……はごめんかな?」

 ルエナは薄桃色の瞳を覗きこむ。例えるならローズクオーツ、この瞳に映る世界はどんな風に輝くのだろうと。

「いっそ世界の果てまで行ってみようか! 十六年分の景色を君にあげたい。俺の目には何の変哲もなかったけど、君の瞳にどう映るか、見せてよ」

「とても嬉しいですが、随分と慌ただしいですね」

 話を聞いて、メルデリッタはすぐに見たいと感じた。

 鏡の中に収まりきらない青、どこまでも続く海。小さな瞳でしか経験したことのない大草原。一つ想像しただけで、既にその顔はきらきら喜びに満ちている。

「出発は今すぐですか? 人の一生は短いですから、急がないといけませんね」

「いや、慌ただしいのは君だよ。いくらなんでも家に帰ってからね。短いって、普通に五十年くらいはあるんだから、心配し過ぎ」

「たったそれだけですよ! 世界はこんなに広いんですから、もう大変です。足りません!」

 メルデリッタは両手を広げた。とても収まりきらないけれど、たまらなくなって動いていた。

「君は退屈しないね。本当に大変だ」

 世界一周でもしそうな勢いだと笑われた。途方もない旅になるだろうが、ルエナは大変だと呟いておきながらも、至極楽しそうな笑みを携えている。満足そうにメルデリッタの傍らを歩き、寄り添うように二人は帰路についた。


 余談であるが本当に大変だったのは……

 この後、幸せそうに直帰した上司を知る由もなく、会場中を探しまくる羽目になったマイスである。

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