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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
それぞれのエピローグ
55/63

奇跡のような出来事

メルデリッタの話に戻ります!

「なるほどね。君の話はよく分かった、よーくね」

 ルエナは笑顔で言うが、張り付けた笑顔だとメルデリッタはひしひし感じていた。

(逃げ出したい……)

 まさか想いが通じ合った相手から、さっそく逃亡を考えることになるとは。それなのに行動に移すどころか距離を取ることも叶わない。

 現在メルデリッタは、ルエナの手で髪を整えられている最中だ。あれだけ派手に動きまわれば乱れていないほうがおかしいと、メルデリッタは指摘されて初めて気づいた。

 軽く手招きされると、背後に回ったルエナに肩を押さえられる。強引に座らされ、振り返ろうとするも両手で頭を固定されてしまった。

 素早く髪飾りを奪ったルエナによって、メルデリッタの髪は丁寧に解かれていく。慎重に櫛を通される度、優しい手つきを感じていた。いわく、髪結いは躾けられたので得意らしい。

 どんな髪型に仕上げてくれるのだろう、淡い期待に胸躍らせていられたのは最初だけだ。その後「ようやく邪魔者がいなくなったね」と要領を得ない呟きが零れたかと思えば……。

 耳朶に触れる吐息がくすぐったい。メルデリッタは震えてしまいそうな衝動をこらえるのに必死だった。動かぬよう石のように固まっていれば、背後から腕の檻に閉じ込められてしまう。

 感じるルエナの体温に、鼓動は高鳴っていた。そんな甘ったるい空気をぶち壊したのは「グレイスと、随分親しげだったよね。どういう関係なのかな?」という質問攻め開始の合図だった。


 悪いことをしたつもりはない。乞われた通り、嘘偽りなく昔の話をしただけのこと。それなのに、語れば語るほどルエナの纏う空気が冷えていく。

「で、メルはどうしてそんなに脅えてるわけ?」

 ひとしきり話しを聞き終えて満足したようだ。

「なんだか不穏な気配なんです!」

「あ、分かる? グレイスが先に君と出会ってムカつく。その使い魔とやらもムカつく。そして俺より先にグレイスと踊ってたなんて、最高に腹立たしいよね。多少怒っても許されるよね?」

 読み上げられた文は罪状の如く、異議申し立ての余地はなさそうだ。

 せめて状況が変わりますようにと、メルデリッタが心から祈りを捧げていると――

 大歓声が湧いた。

「え、奇跡?」

 なんて良いタイミングだろう。ベルマリエが背負っていたものとは比べ物にならないほどで、拍手には大歓声も混じっている。

「レイスの魔法、解けたみたいですね!」

 それは喜ばしいが、この大歓声は異様だ。奏でられる音楽も、やけに大きく感じる。

 メルデリッタがいぶかしんでいると、ルエナは黙って外を眺めた。

「へえ、これは凄いんじゃない?」

 仕草で呼びかけ、メルデリッタを外へ連れ出した。


 雨は止み、それどころか満天の星空が広がっている。

 夜空の海には、星粒の川が流れていた。その横では、折り重なるように光が揺れる。多彩な色を放ち、まるで空に光のカーテンが浮いているようだった。月は欠けているが、その美しさは揺るぎなく、時折星が流れては観客を楽しませていた。

 感極まってメルデリッタは飛び出す。

「凄い、本当に凄い、凄いわ! これは、誰の魔法なの!?」

「魔法だって分かるの?」

「今日の風では、絶対に晴れようがありません。星や月だって、こんな風に見えるはずがないもの。覆せるとしたら魔法だけです!」

 何度か頷いて、メルデリッタは推理を開始する。

「幻影が一番簡単な手段だけど、これは鮮やか過ぎる。臨場感がありすぎて……私なら、幻影と本物を織り混ぜるかしら。となるとまずは風を起こして雲を払うでしょ。星の川と光のカーテンは幻影、流れているのは本物、よね。動く幻は難しいから。それと、よく見えるような魔法を掛けているとか……? とにかく、天文に関わる大掛かり魔法は相当な力が必要です。ベルマリエ様かしら?」

「どうだか。あの人、面倒事は嫌いだから」

 バルコニーから見下ろすと、外でも舞踏会が始まっている。せっかくの見事な星空だ、中にいては勿体ないだろう。一階の窓という窓は開け放たれ、星見会も始まっていた。

 ロマンチックな空気に後押しされ、メルデリッタも手を差し出す。

「踊ってくれませんか? 私、あなたと踊りたいです」

「喜んで」

 その手に口付けて、ルエナは腕を回す。

 月明かりのダンスが始まると、メルデリッタは勇気を出して問いかけた。

「あの、どうすれば許しもらえますか?」

 平素に戻っていれば万歳なのだが、都合良く忘れてくれる人ではないだろう。

「掃除でも、洗濯だってします。ルエナの好きな物だって作ります!」

「……俺は、そんなに心が狭いと思われてるのかな? でも、君の手料理は食べたいね」

 ルエナの声と重なるように、荒々しい足音が響いていた。

 ここへ向かっているのかもしれない。扉の方へ意識が逸れたメルデリッタは、意地の悪い顔が浮かぶのを見過ごしてしまった。

「あの――」

「駄目だよ。わかってるから」

 ルエナには、それが誰のものか分かっているらしい。だからこそ意識を奪われるのが許せないと、視線を逸らすことも、この体勢から抜け出すことも認められなかった。

 腰に添えられていた手が動き、ルエナがメルデリッタの頭を押さえ、強引に視線が交わっていた。

 これがベルマリエの言う『とびきりの笑顔』だろうかと見惚れていられたのも一瞬で、ゆっくり浸っている暇はなかった。

「これで少しは赦してあげる」

「あ――」

 何をするのか問わせてはくれない。逃げる猶予も与えてくれなかった。

 声を上げることは叶わず、かろうじて漏れた吐息は奪われた。触れた唇は少し冷たいのに、握られたままの手は熱い。

 宝石のような瞳に至近距離で見つめられ、メルデリッタは冷静でいられなかった。交じり合う視線にルエナが目を細めると、とたんに羞恥が込み上げる。耐えきれず、ぎゅっと瞼を閉じた。

 その仕草が愛しくて、幸せで胸がいっぱいになる。重ねられた唇から、この想いまで全部伝わってしまいそうだ。視界は閉ざされ顔は見えなくとも、なんとなく笑われているような気配を感じた。

 勝負ごとではないにしても、仮に逸らした方が負けだとしたら、自分が負けで構わないと思う。溢れる幸福を享受しながら、メルデリッタは潔く負けを認めていた。

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