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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
それぞれのエピローグ
54/63

王と魔女の秘密

まだベルマリエの話

 倒れ伏す大勢の人間は、一見死体の山――

 無論、注意深く観察すれば呼吸しているとわかる。

 恐れ慄く惨状にも、彼らは恐怖など感じない。一人は越えてきた場数が違うから、もう一方は人の生死に関心がないから。

 ベルマリエは目的の人物を探して回った。同じように着飾った人間ばかりが無造作に倒れていては捜索が困難である。

 意外にも目当ての人物を探し当てたのは、契約したての使い魔で、さっそく役に立ってくれた。

「主様、こいつでしょう」

「そうそう、よく分かりましたわね! 褒めてさしあげてよ」

 思いきり嫌そうな表情を浮かべ、ルビーは即座に顔を背ける。仲良くやっていかなければならないと言うのに散々な態度であるが、説教は後にして今はこちらを優先させるべきだろう。

 ベルマリエは眠る男の傍らに膝をつき、つんつんと軽く頬を押す。意外にも柔らかく癖になりそうだった。

「う、ん……」

 微かな呻きを上げ目を覚ましたグレイスは、会場を目の当たりにするや茫然としていた。眼前に飛び込む見知らぬ美女はともかく、倒れて動かぬ招待客たちに、驚くなという方が無理だろう。

「これは――、何がどうなってる! ドッキリか!? いや新手の嫌がらせか!?」

 いくつかの可能性を瞬時に挙げて、グレイスは手近な存在であるベルマリエに詰め寄った。己の背後に立つ人影にまで気を配っている余裕はないようだ。

 激しい動揺を浮かべる相手に対して、ベルマリエは落ち着いた様子で語る。

「まずはご安心を。皆、寝ているだけですわ」

 それを聞いて、強張っていた力は多少抜けたようだ。ひとまず新聞の一面が『恐怖! 舞踏会での惨劇!』にならずに済むと。

「わたくし、メルデリッタ・ミラ・ローズの義母(予定)ベルマリエと申します。こうしてお会いするのは二度目ですわね。陛下は憶えていらっしゃらないでしょうけれど、生誕の宴で祝福を贈らせていただきましたのよ」

「……ベルマリエ? ではもしや、ベルマリエ・ジル・ローゼンタイン殿?」

 お前の誕生日には魔女が祝福を送ってくれたと両親から聞かされた。舞踏会には必ず招待せよと、前王時代からのしきたりだ。王家の私有地に居を構え、それでいて年齢不詳、誰も実態を知らぬ謎の女と聞き及んでいるが……。

「前王とは親しくさせていただきましたの。彼は私有地までくださって、魔女の身ながらのんびり生活することが叶っていますわ。本当に感謝していますのよ」

 メルデリッタの名が挙がるのだ、魔女と信じることに異論はない。けれど、その魔女が何用かと油断してはならない。招待されたので挨拶? いや、それにしては物騒な場面すぎるだろう。

「あなたが、これを?」

 問われたベルマリエは跪き、深く頭を下げた。

「わたくしではございません。ですが同胞の仕業です。少々身内のいざこざが生じまして、本来ならば直接謝罪を述べさせるところですが犯人は拘束中。代わって深く謝罪致します。誠に申し訳ございません」

「とにかく、皆無事なんだな! 目覚めるのか?」

「責任を持って、わたくしが魔法を解きましょう。ですが、厚かましいのは承知の上、一つお願いがございます。どうぞ魔女の仕業とは仰らずにいただけますか? 非は全てこちらにあります。けれど、もう魔女狩りはたくさんです。我ら一族、人に仇なす意思はございません。ただ静かに暮らしたいのです」

 ベルマリエは懇願した。最古の魔女、偉大な存在であるというプライドは持ち合わせておらず、己を特別視しているわけでもない。けれどもし立場というものが仮に存在するならば、今すべきことは場を収めることだ。

 この惨状が魔女の仕業だと知られてはならない。ようやく歴史に埋もれた魔女が、再び存在を認知されたとすれば、歴史が繰り返されるかもしれない。そのためには頭などいくらでも下げよう。

「そのために僕を起こしたのか?」

「はい」

 グレイスはすぐに答えを出さず、考える素振りを見せた。

「……勝手な憶測で申し訳ないが、魔法とは万能のように思う。回りくどい方法を取らずとも、魔法で記憶を消すことは出来なかったのか?」

「可能ですわ」

 聞いておきながら申し訳なくも、グレイスは開いた口が塞がらない。とんでもないことをベルマリエは隠しもしなかった。

 何故そうしなかったのか、察したベルマリエは口調を柔らかくする。

「魔女って、誠実な種族でしてよ。人間が想像するほど、恐ろしいものではありません。なんでもかんでも魔法で解決していては、わたくしたちダメになってしまいますもの。それは最後の手段にしたいのです」

 拍子抜けするほどの発言にグレイスの警戒心は薄れていく。想像していた魔女との差に驚いていた。そういえば、かつて出会った塔の魔女もイメージと異なる少女だったことを思い出す。

「心配せずとも、王の胸に秘めると誓おう。魔女狩りなど僕も望まない。面を上げてくれ」

 頭を下げていたベルマリエは、見えないのをいいことに満足そうに、にやりと笑う。彼の頭には、今頃メルデリッタの姿が浮かんでいることだろう。作戦と称する程ではないが、あえてメルデリッタの義母だと告げたのはこのためだ。

 そんな思惑は綺麗さっぱり押し殺し、感謝で頭が上がらない――という表情を作ってから視線を合わせた。

「慈悲深き王に感謝しますわ。そこで提案いたします。ジルの名を聞け」

 ベルマリエの足元から、光が波紋のように広がる。装飾は瞬く間に色を変え、より豪華絢爛になっていた。

 グレイスは、またも開いた口が塞がらなかった。

「魔法とは、凄いものだな……」

「いいえ、陛下。魔法なんて特別なことではありません。わたくしたちが持つのは、偶然手にしただけの与えられた力。それよりも凄いのは人間でしてよ。今はまだ難しいかもしれませんけれど、いずれ人の手でなんでも出来るようになりますわ」


 だからいずれ、魔女は滅ぶだろう――


 声なく想う。これはあくまで予感であり確証はない。ただ、そんな日が訪れればいいと勝手に夢見ているだけだ。互いの境界が消え、二度と悲劇が起こらない未来を願う。それが年寄りの……

「だから、わたくしは認めませんわ!」

「何が!?」

 危うく流れに身を任せそうになって、寸前で否定する。

「うふふ、なんでもありませわー。さて、内装はこんなものかしら? ルビー、わたくし疲れました。後は任せるので、手はず通り頼みますわ」

 ベルマリエの視線を辿ったグレイスは瞠目する。

「お、おお、お前!」

 覚えがあり過ぎる男に慄いた。けれど向こうは知らぬ素振りどころか、視界に入れてもくれないときた。なにせ任された大仕事に目眩を起こしている最中だ。人間に構っている余裕などない。

「悪魔と契約させられたに違いない。なんて重労働……。いやこれもメルデリッタ様のため、メルデリッタ様のため」

 とにかく激しい落ち込みようで、声を掛けるのも憚られる。こんなキャラだったろうかと、グレイスは首を傾げていた。

「では陛下。わたくしたち、失礼させていただきますわね。後は外をご覧くだされば納得いただけるはずですわ。女神の加護とでも自慢してくださいな。佩がつくでしょう? あなたを疎む輩へ、良い権勢になりますわよ」

 どこまで知っているのかとグレイスは背筋が震えた。それさえ見透かすようにベルマリエは妖艶にほほ笑む。

「では、今後とも良い関係を続けられますよう。そうそう、わたくしの子どもたちとも仲良くしてくださいませ」

 ベルマリエは踵を返し、大広間を後にする。

 不本意ながらも丸投げされたルビーは、主の命に応えるべく奔走を始めた。

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