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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
それぞれのエピローグ
53/63

ある魔女の懺悔

ベルマリエの話

「あらあら、素敵なものが見られたわ。ふふ、本番はこれからだと帰らずにいて正解。乙女の想いが叶う場面に立ち会えるなんて、そうそうないもの!」

 魔女は満足そうに――を通り越して、上機嫌でその一室を見上げていた。

 鬱陶しい雨も、彼女の周囲だけは別世界のように静かだ。ぬかるんだ土に足を取られることもなく、優雅に立ちつくしている。

 大人な態度で一方的に退散してきたはいいが、息子の一大イベントである。これが気にならないはずがない! そんな訳で、若い二人が微笑ましいわと胸を躍らせているところだった。

「メルデちゃんたら、真っ赤になって可愛いわねえ! あなたもそうは思いませんこと?」

 その問いかけに答える者はおらず、会話は成り立たない。

「もう出てきても良いんじゃないかしら、猫ちゃん?」

 視線は逸らさずに話しかける。いずれ返答があると確信しているので、それ以上の発言はしない。

「……気付いていましたか」

 しばらくして、黒い影が降り立った。流暢に言葉を話すのは、ナイフを銜えた黒猫である。

「あの子だって、しっかり気付いていたでしょう?」

「ご丁寧にナイフまで投げつけて、威嚇のつもりですか忌々しい。危ない奴め」

 猫が歯に力を入れるとナイフは砕け、破片が地面に舞う。

「うふふ。懐かしい顔、何年ぶりかしら。まあ、猫ですけれど……。ねえ、なんて呼んでほしい? ルビーかしら、それとも――」

 黒猫は赤い瞳で睨む。たとえ睨むと形容しようが、そこにかつての冷酷さはない。だって猫だから。どんなに言いつくろっても可愛いとしか表現できない。

「いずれも過去のもの、あいにく名乗る名は持ち合わせておりません」

「あら、そうなの? そういえば、こうしてゆっくり話すのは初めてかしら。あなたは、さぞわたくしを怨んでいるでしょうね。二度も大切な主を奪った元凶ですものねえ」

 ベルマリエは自らの手を握る。それが世界のためだと言い聞かせ、罪を背負った日。かつてこの手にかけた魔女を想った。

「とりあえずは、本当に忌々しい魔女だと思っておりますよ。元主を手にかけた時は、何度殺してやろうと背後を狙ったか」

「そう、彼女にも死を悼んでくれる者がいたのね。……良かった」

「何を勘違いしているのやら。せいぜい美味い肉を取られたくらいの、食の恨みですよ」

「悪魔って薄情なのね」

 当たり前のようにベルマリエは傍らの存在を悪魔と呼ぶが、それに驚くような悪魔でもない。

「……ですが、メルデリッタ様は違います。確かに魔力は上質で、最高級品といえるでしょう。ただあの方は、少々変わっておられた。悪魔の誘惑に乗らないどころか、悪魔に料理やダンスを教えてだの……。おかげで、勉強する羽目になり……悪魔連中の間では魔界のオカン呼ばわりですよ!」

 ベルマリエは耐え切れず噴き出した。

「そ、それは、面白すぎですわね!」

 いよいよ腹を抱え肩まで震わせると、忌々しげに赤い瞳が細められる。もう無視すると決めて猫は語ることにした。

「いつかあの無垢な瞳が絶望するのを見てやろうと仕えていたのに、何年経とうとメルデリッタ様は出会った頃から変わらなかった。それを嬉しく思う自分に気付き、平和ボケしている頭を何度抱えたことか!」

 抱えるだけでは足りず、何度柱にぶつけたことだろう。

「良いじゃありませの、悪魔が平和ボケていようと。わたくし好ましく思いますわ」

 お前に好かれても嬉しくないと視線が告げていた。

「良くありませんよ! しかも最後は魔力剥奪で強制契約終了。メルデリッタ様の無事を確認したい一心で魔界から急ぎ駆けつけてみれば、塔はもぬけの殻。猫の姿を借りてまで見守っていれば変な虫は、寄るわ寄るわ!」

 猫の器に収まっていなければ、業火で灰も残らぬほど燃やしつくしてやりたかった。

 そのうちの一人、最重要ターゲットには効かない可能性もある。魔女の魔法が効かないのだから、ルーツとなった悪魔の力も無効化するかもしれない。それでもまだ手はあると悪魔は計画を講じ続けている。

「だって、メルデちゃん可愛いもの! なんて私の息子のお嫁さんにぴったりなのかしら」

「いいえ。あんな危険な輩には渡したくありません」

 悪魔から危険視される男ルエナというのもどうだろうか。育て親として、さすがに失笑が漏れた。

「その言い方、まるでお父様ですわね。このまま会わないつもりなのかしら?」

「もう、わたくしは必要ないでしょう。あの方は人間として生きていくようですから」

 本当は魔女に戻って欲しかった。そのための手助けが出来ればと狙っていた。

 人間に心奪われていく元主をさびしく思いながら、笑っていてくれるならと遠く見つめる自分に気付いた時はまた頭を抱えた。悪魔がこれで良いのかと悩みまくった。

「人間だからは、会わないは理由になりませんわね。メルデちゃんは会いたがっているはずですもの。そうだ! あなた、わたくしに使えなさい」

「お断りします」

 悪魔は笑顔で即答する。

「即答なんて失礼ね。聞かせて頂戴、何故かしら?」

「この親にして、あの男ありかと」

 何度、葬ってやろうとしたことか。やはりあの植木鉢は頭に直撃させるべきだったのだ。いや、それでは至近距離にいたメルデリッタも危ないか……などと呟く。

「我儘言わないの! メルデちゃんの傍にいられる良い方法じゃない。とやかく言ってないで、わたくしに仕えなさい。メルデちゃんにも会わせてあげるから!」

「わたくし、仕えるなど一言も申しませんよ」

「あ! 今言いましたわ。悪魔界のオカン、いいじゃない。わたくし家事が万能な使い魔が欲しかったのよ。あ、契約魔力は割り引きなさいね」

「いけしゃあしゃあと……」

「仕方ないでしょう! わたくしは、ちょっと長生きしているだけのか弱い魔女なのよ。規格外だったメルデちゃんと一緒にしないでくださる? 大好きなメルデちゃんと同じ世界にいられるんですもの、安いものよね。名前はー考えるのも面倒ですし、ルビーを採用しましょう」

 もう反論するのも馬鹿らしくなってきたのか、漏れるのはため息ばかりになっている。

「契約してやっても構いませんが、一つお聞かせ下さい。魔力剥奪を提案したのは何故です」

「聞いていたのでしょう? あの子は生きてルエナと幸せになってもらわなくちゃ困るの。死なれたら、ルエナが幸せになれませんわ」

「そんなにご子息が大切ですか」

 悪魔なりの嫌がらせか、洗いざらい吐かせる気のようだ。ベルマリエにしろ墓まで持って行くつもりはなく、主と使い魔になるのだから知られても問題あるまい。

「悪魔相手に懺悔なんて気味が悪いけれど、仕方ありませんわね」

 本当は聞いてほしかったのかもしれないなどと、弱気な考えが過ぎってしまうのも歳のせいだろうか……

「断じて違いますわ!」

「何がです?」

「いいえ、なんでも」

 いぶかしむ悪魔を無視して、ベルマリエは自然と息子がいる方を見上げていた。

「ルエナを拾ったのは、大罪の魔女への切り札にしたかったから。男児の魔女は希少、魔力を無効化できる特異体質を利用しようと考えた。……それが、ルエナは大切な家族になるし、今生の大罪の魔女はメルデちゃんですし? 二人の幸せと未来を考えた結果、メルデちゃんには人間になってもらう他ありませんの」

「初めから、そうなるように画策していたのですね。はっきり言って余計なお世話では? あなたが手を出さなければ、メルデリッタ様は魔女のまま生きながらえたかもしれない。あるいは自力で塔から逃げたかもしれない」

 悪魔と別れることもなかったかもしれない。

 もしも、もしもの可能性はたくさんある。

「そうですわね。ルエナはメルデちゃんがいれば文句ないと思いますけれど、彼女はどうかしらね……」

 これらは全て一方的な押し付けにすぎず、無論善意で行ったと振りかざすつもりもない。

「もちろん、いつか全てを打ち明けるつもりですわ。義母と娘の間に隠しごとは良くありませんもの。その時が来て、メルデちゃんの気が済まなかったら……わたくし殺されても良いと思っているの。それくらいの覚悟で行動していてよ」

 黒猫の姿は消えていた。そこに居るのは黒髪をなびかせた赤い瞳の男が一人。

「お分かり? わたくしが殺されてあげるのはルエナかメルデちゃんにだけ。お前なんて御免ですわ」

 悪魔は新たな主に膝を折る。

「ならばもう、問うべき事項はございません。新たな主よ、お仕えいたしましょう」

 ベルマリエはその様子を満足そうに見下ろしていた。

「言いましたわね。それじゃあ、さっそく仕事ですわよ」

 え、これから? 良い感じで帰る流れじゃなかった?

 勝手に帰る場面だと解釈していた使い魔は早々に目を剥いた。

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