ルエナの望み
まるで嵐のような騒動、これを嵐の後の静けさと表現するのだろうか。
「……最古の魔女相手に、お母様は不味かったかしら」
メルデリッタは心配でたまらなかった。
「あの人、喜んでたみたいだし問題ないよ」
「喜んで、くれたのでしょうか?」
「物凄く感激してた。俺が言うんだから間違いないって」
確かに息子なのだから説得力はある。
それにしてもと、メルデリッタは愚痴をこぼしたくなった。
「……ルエナ、魔女の子だったのね」
何故もっと早く気付かなかったのだろう。迷いの森を生還出来るはずだ。あの森は魔女の力で方向感覚が狂っている。狂い迷わせ、糧とするのだが、男児の魔女ならば話は別。お腹を壊す騒ぎではなく、腐敗してドロドロになり、森の生命力まで奪われかねない。嫌われ早急に追い出されるのも道理だ。
「生みの親には捨てられて、それから師匠に拾われたんだ」
「それはつまり、最初から魔女の存在を知っていたわけですよね?」
「そうなるね」
しれっと答えられ、散々馬鹿にされた記憶のあるメルデリッタは理不尽さを感じる。何故最初から話してくれなかったのかと言う眼差しでルエナを見つめた。
「あのさ、魔女の存在を信じることと、君が魔女だと信じることは別物。けどまあ、あの誓いで理解したよ。君が本当に魔女だったってね。昔、師匠も同じことしてくれたからさ」
周りは敵だらけ、実の親にも裏切られた哀れな子ども。誰も信じられなかった子どもに魔女が施した優しい誓いの儀式は忘れられなかった。
理にかなっているが、せめて後々言ってくれても良かったのではとメルデリッタは思ってしまう。信用されていなかったのか、それともからかわれて遊ばれていたのか。……どうも後者な気がしてならない。
(――て、私は何を呑気に会話しているの!)
こんな話よりも優先される議題があるのだ。
「私たち、これで終わりですね」
「何、その恋人同士の修羅場的発言は」
そんなつもりは微塵もなかったが、メルデリッタも息を呑む。確かに指摘の通り、何かの物語で読んだような言い回しになっていた。真剣に切り出したというのに若干台無しだ。
「と、とにかく! 私、塔に戻ります」
「公認で自由を得たのに、放棄するの?」
「自由か魔力かどちらかと言われました。魔女に戻らなければ、報酬を用意できません」
「ああ、その件ね」
あれほど報酬は大事だと豪語していたくせに、まるで今しがた思い出したという態度に気が抜ける。
「私はあなたと命を掛けて契約しました。ですから、その約束を放棄するわけにはいきません。あなたが誠意をもって依頼をこなしてくれたのに、私が破るわけにはいかないでしょう。だって、魔女は誠実な種族ですから!」
この鼓動が止まぬ限りの制約。ここで破ってしまったら、たとえ自由になれたとしても魔女だった自分に顔向けできない。
「……俺の望み、まだ言ってなかったよね」
「はい。何をお望みですか? どんな願いでも、叶えてみせます。ドンと任せてください」
別れる前に願いを聞いておかなければ。遠く離れようと、どんな願いだろうと全力で叶えてみせると誓った。
「傍にいて、メルデリッタ。君に、傍にいて欲しい」
「へ?」
真剣に耳を傾けていたメルデリッタからは間の抜けた声が出た。それはまったく予想していなかった願いで耳を疑う。
「そんなことが、ルエナの願い?」
何か効き違いをしただろうか。今日まで体を張ってきた見返りが、そんな簡単なことで許されると?
だって魔法を使うまでもなく、むしろ魔女メルデリッタには叶えられない願いではないか。
「それは……何故ですか。理由がありません。まさかメイドが欲しかったのですか。働いて払えと?」
それしか考えられない。もし「そうだよ」と言われたらどうしよう。魔法で探し出した良いメイドでも紹介してみよう。
「あの二人がいるのに必要ないだろ。分からない? 恋人として傍にいてほしいんだよ」
「はい?」
「ありがとう。即答で良い返事を聞けて嬉しいよ」
呆れて口が開いてしまったところ、都合よく解釈されてしまった。意地の悪い笑いで、なんだかはめられたような心地になる。
「ちょ、ちょっと! 今の違う、なしです! 取り消しですからね!」
「嫌なの? まさか報酬踏み倒すつもり?」




