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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
魅惑の舞踏会
50/63

誓いを胸に

 初めてルエナと会った夜が思い出される。

 ラベンシアで眠らされ、気が付いたら不法侵入されていた。断ったところ、担がれ気絶させられ、高い塔から下りるなんて死ぬような思いもさせられた……。

 ロマンチックではない。たくさん読んできた小説の中で感じたロマンチックとは絶対に違う。それでも――

「私にとっては一生忘れられません」

「まあ、良かった!」

「ベルマリエ様、教えていただけますか。塔へ戻れば、私は魔女に戻れるのでしょうか?」

「わたくしの名にかけて、約束しましょう」

 ベルマリエは自身の左胸に手を当てている。

 最古の魔女が一介の魔女――元魔女なので今は人間の娘相手に、最高の誓いをしている。魔女として光栄極まりなく、熱くなる胸を押さえ、メルデリッタは深々と礼を取る。

 迷いはなかった。彼のために選択は一つ。大好きな人のために、最初で最後、自分が出来ることなのだから。

「でしたら私の心は決まっています」

 決意を告げようとしたところ、それよりも早くベルマリエは指先でメルデリッタの口を塞いでしまう。

「良く考えてちょうだいな。メルデちゃん、本当にいいの?」

 どういうことかと言い募ろうとした時、焦れたルエナが戻ってきた。

 少し冷たい夜の風が心地良い。

「いつまでかかるんです、その乙女の会話とやらは?」

 開け放した窓の部分だけが真昼の光景に張り付けられている。そもそも草原にパーティードレスで立ち話というのも異様だ。

「あら、草むしり終わったの?」

「本気でむしっていると思ってたんですか、あなたは!」

「だって、あなたの特技でしょう。昔から得意じゃないの」

「それは、あなたが――ってもう良いです。何でもありません。メル、この人は用済みなので早くお帰り願いましょう」

(最古の偉大な魔女を用済みって!)

 全世界の魔女が聞けば卒倒するレベルの暴言である。

「ルエナ、ベルマリエ様になんてこと!」

 だが言われた本人はまるで気にしていないようだ。それよりもメルデリッタの発言に問題があったようで、何故か視線を浴びる形となっていた。

「メルデちゃん……いやだわ! わたくしのことは、気軽にお母様と呼んでちょうだい。わたくし、あなたのような娘が欲しかったのよ。ルエナなんて生意気で、いつまでたってもお母様と呼んでくれないし。師匠なんて可愛くないわ。だから、あなたがお母様と呼んでくれると嬉しくて、幸せですもの」

 てっきりお叱りを受けるのかと想像しただけに拍子抜けしてしまう。

(えと、様付けはお嫌いとか? いえでも、お母様も様付けよね?)

 メルデリッタが逡巡しているうちに、また言い合いが始まっていた。

「その歳で、また養子もらうきですか!」

「お黙り。無粋な子、なにも引き取らなくても『おかあさま』と呼ばれる方法、ありましてよ。分からないのかしら?」

 ベルマリエは得意顔で、またよからぬことでも考えているのだろうと、ルエナはため息しか出ない。

 ベルマリエはバルコニーに向い、歩きながら告げる。

「はいはい、分かっていますわよ。若い二人の邪魔をしてはいけないわよね。ゆっくりお話すること、あるのでしょう?」

 魔女が外へ踏み出せば、草原は足元へ吸い込まれてしまう。景色が歪み、元の一室へと戻っていた。

 ルエナは、もううんざりだと見送る。探しておいてなんだが早急にお帰り願いたい。

 けれどもメルデリッタは追いかけようとして、不自然に足を止めた。たくさん言いたいことがあった。けれど何を告げればいいのか、あまりにも次から次へと言葉が溢れてしまう。

 外の世界を見せてくれてありがとうございます。

 ルエナと出会わせてくれてありがとうございます。

 助けてくださってありがとうございます。

「あの! ベルマリエ様、その……お、お母様?」

 言ってしまってから、なんて大胆なことをしでかたのかと我に返った。最古の魔女相手に、魔女界の英雄に、お母様って! だが言ってしまったものは仕方がない。

 ベルマリエは立ち止まっていた。きっと次の言葉を待ってくれている。不快にはさせていないようで一安心だ。そして胸に手を当て、メルデリッタは声を張り上げた。

「メルデリッタ・ミラ・ローズは、この世界が好きです。これまでも、これからも、ずっと。魔女も人間も、大切な人たちがたくさんいます。滅ぼすつもりなどありません。この名に誓って!」

 受けた恩は返しきれない。ならば大罪の魔女と同じ魂を持つ自分が、世界を滅ぼさず生き続けることが、きっと一番の恩返しになるだろう。だから誓う、何より大切にしてきた誇りにかけて。


 つくづく背を向けていてよかったと、ベルマリエは思う。こんなにも緩みまくった顔を見られるのは、流石に威厳がない。

 おかあさま、想像以上にくすぐったくて温かい響きだ。いつか本当に、そんな関係になれたら。愛すべき息子の、その家族として。

(だから頑張ってね、ルエナ!)

 心中でエールを送った。

 受け取ったであろうルエナは、背筋にゾワリとした感覚を感じていた。深く考えたくはない、深く考えてはいけないと、無理やり目をつぶることにする。

「はーい。たまには家にも遊びに来てね」

 風もないのに窓は閉じる。キラリと光を反射した後、ガラスの向こうに魔女の姿は消えていた。

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