乙女の会話
ベルマリエは考える素振りを見せると一つそうだと手を叩く。
ルエナに向けられたのは、いい笑顔だった。
「ルエナ、ここからは女同士の会話、つまり乙女の秘密ですわ。席を外してちょうだい。あなたは、ちょっとその辺で草でもむしっていなさい」
「はあ……?」
もはや突っ込むのも面倒なのか、ルエナは無造作に草原を歩き始める。数歩離れたところで手を前に翳すと、何もない場所にガラス張りの窓が広がった。開いた先には夜の闇が漏れ、さすが魔法の効かない男。
ルエナが姿を消せば、また永遠に広がる草原だけとなる。
「良いのでしょうか?」
なんだか後が怖いような面持ちでメルデリッタは見送った。
「いーのよ。まったく憎たらしい子ですこと」
ベルマリエはルエナが去った方を見遣る。
「……我儘だし、態度はふてぶてしいし。わたくしのこと、お母とも呼んでくれない。それなのに、大切な家族になるなんて夢にも思いませんでしたわ」
呆れた口調だったけれど瞳は優しい。それを見て、メルデリッタは少し安堵していた。
「ベルマリエ様にも、分からないことはあるのですね」
「当然ですわ。最古の魔女なんてもてはやされているけれど、わたくしはちょっと長生きが取り柄の、至って普通の魔女でしてよ」
メルデリッタは人も魔女も変わらないと学んだ。同じように、雲の上の存在としてきた最古の魔女も、また同じなのだ。
「わたくしにはね、少しだけ未来が視えますの」
未来が見えると称した瞳が、メルデリッタを射抜く。翡翠が細められ、懐かしそうに語りだす。
「視えましたのよ。あなたの隣で楽しそうに笑うルエナが。わたくしと共に暮らしていた時には、一度も見せたことのない笑顔でしたわ。それはもう、とびきりのよ!」
私の隣で――メルデリッタは繰り返していた。確かにルエナは良く笑っていが、そんなに良い顔をしていただろうか。回想に励むもメルデリッタには知る由もない。ルエナがどれだけ無表情で日々をつまらなそうに生きていたかなど、出会った時から変わりだしていたのだから。
「その時ピンときましたわ! あなたは過去と同じ過ちは犯さないとね。だってルエナが認めた人ですもの。そして心に決めました。何があっても、あなたを生かそうと。もちろんただのカンですから議会は信じてくれませんでしたけれど。要するに、わたくしは息子のためにあなたを利用させていただきますの」
「それで、ルエナを塔へ……」
「酷い女でしょう。最古の魔女が、こんな女で落胆しましたかしら?」
「いいえ。むしろ、とても素敵な方だと尊敬しています。私こそ、ありがとうございました。ルエナと引き合わせてくれたのですから」
最初からメルデリッタのためだと言われても、信じられなかっただろう。この人は本当に息子を大切にしているのだ。
「子の幸せを願うのも、母の役目。ですけれど、わたくしがしたのは余計なお節介にすぎませんわね。あなたたちは惹きあう運命ですもの。わたくしが手を出さなくても、あなたたちは勝手に出会って、勝手に恋に落ちたでしょうし」
「こ、恋!?」
メルデリッタはポンと音でも鳴る勢いで赤くなった。確かに恋しているのかもしれない。けれど彼が同じ気持ちなはずがない。一方的に想っているだけ、それも数分前に自覚したばかりで、口にするにはまだ勇気が必要だ。
「あらー、ルエナのこと嫌い? そうよね、口は悪いし捻くれているし。そこは親として申し訳なく思うけれど、あれで顔は良いでしょう。それからセンスも悪くはないし、そのドレスあの子の見立てよね? 良く似合っているもの。あと、生活も安泰ですわよ!」
ベルマリエは指折り数え、必死に息子の良いところをアピールする。けれど今さらそんな必要はない。いいところなど、もうたくさん知っていた。
「嫌い――では、ありません……」
思わず力んでしまった。口にしてから、じゃあ好き? なんて聞き返されてしまったらどうしようかと焦っていた。もっと気のきいた発言をするべきだった。
ベルマリエはまるでそう言われることが分かっていたような笑みで、こういうところはルエナに似ている気がする。
「ありがとう、親として嬉しいわ」
変に声が裏返りそうに、顔が熱を持つ。ルエナ同様、外に出ていってしまいたいと願った。
(いえ、ルエナと一緒にいたいという意味ではなく! 恥ずかしいので、とにかくこの空間から解放されたいというか!)
これ以上考えては、さらに墓穴を掘りそうだ。
ベルマリエは口元に手を当て嬉しそうにしている。
「でね、せっかくなら出会いはロマンチックな方が一生の思い出に残るでしょう? だから素敵に演出してあげようと、きっかけを作ったのだけど……。ルエナったら乙女心の分からない人でごめんなさいね! きっちりシナリオまで作って、練習させてから送り届けてやればよかったわよね」
まるで全部見ていた口ぶりは、実際に見物していたのだろう。動物なんて森にはたくさんいるし、河原で出会ったあの兎も、黒い猫も魔女の誰かだったのかもしれない。




