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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
魅惑の舞踏会
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その正体は

 息子……。その言葉から察するに、この場にいる男はただ一人。そして息子と称された彼はとても不服そうである。

「とか言ってますけどね、その恰好。舞踏会に来ていたんでしょう。さっき会場で見かけましたよ。社交好きのあなたなら来るとふんでいましたが……。自宅を訪ねても音信不通なくせに、舞踏会には出席するんですから……。まったく、いい歳して」

「お黙り」

 そう、ベルマリエのドレス姿は完璧だ。細い体の線に沿ったマーメイドタイプのドレスは純白で、ウエディングのようにも見える仕上がり。金の髪には花のコサージュが散りばめられ、首元に纏う大粒のネックレスはキラキラ輝いている。

 レイスはベルマリエに跪いた。

「恐れながら、息子などありえないことです。魔女が男児を産み、魔女で在るはずがない。偉大なる魔女が知らぬはずありません!」

 魔女が少数な理由は二つある。もちろん一つは魔女狩りの影響。だがそれ以前からある問題として出生率の低さである。

 魔女は女性だけ、子を成すためには人と交わる他ない。だが一般的に魔女は人間を嫌っており、子を成したいと考える者は少ない。さらに生れた子が男児であれば、母体の魔力は全て子に奪われる。つまり、否応なしに魔女でいられなくなる。魔女にとって子を成すことはリスクの大きな賭けであった。

「もちろん本当の息子ではありませんわ。この子は、親に忌み嫌われ捨てられた子です。捨てられた理由は、わたくしが語るまでもないでしょうね」

 男児は不吉、それが魔女の認識。

(じー……)

 メルデリッタは熱い視線を感じた。出所を探るまでもなく、それはベルマリエからである。

「やーっぱり、想像通りの可愛い子! ねえ、メルデちゃんって呼んでもいいかしら!」

「あ、あの、ベルマリエ様?」

 何の話かとメルデリッタが困惑していると、最古の魔女は任せておけと片目を瞑った。

「さて、話が逸れてしまったわね。レイス、あなたの独断を見逃すことはできないわ。もう刑は執行されたの、おわかり? この子は人間となりました。よって自由の身とします。それが議会の総意となりました。この子は、世界を滅ぼさないでしょう」

「何故、あなた様までが罪人の肩を持つのです!」

「私怨に駆られ、罪なき者を裁くことは認められない」

「ですが!」

 図星を指されレイスは言い淀んだ。

「お黙り。あなたの身柄は拘束します。しばらく頭を冷やしなさい。ジルの名を聞け」

 レイスは反論しなかった。魔方陣が浮き出た場所はレイスの足元で、敵わないと諦めたのか抵抗することも放棄している。最古の魔女に勝てる魔女なんて、それこそ大罪の魔女くらいだ。

「レイス!」

 メルデリッタはとっさに叫んでいた。

 ある日、別れの挨拶もなく去ったレイス。顔も見たくない程憎まれていたと、今なら理解できる。それでも伝えておきたかった。

「あなたが私を憎んでいることは知っている。でも私は、あなたのこと嫌いじゃなかった。文字を教えてくれてありがとう。ピアノを聞かせてくれてありがとう。本を読んでくれてありがとう」

 たとえ嘘でも演技でも、確かに優しく笑ってくれた。勉強を教えてくれた。良くできたら褒めてくれた。美味しいご飯も作ってくれた。それらはどうしても忘れられない記憶だ。何度も感謝してきた気持ちは消えない。


 偽りのないメルデリッタの眼差しは、レイスにとって酷く居心地の悪いものである。

「お前……、私は――」

 大罪の魔女は、決まって深紅の瞳に世界を映す。始祖の再来、力の強さを物語っていた。

 レイスはかつて大罪の魔女を目にしたことがある。その魔女は瞳に絶望を宿し、深い闇に染まっていた。赤の中に見えるのは底のない黒。けれどメルデリッタの瞳は違う。真っ直ぐで純粋な色を宿していた。

 今となっては薄桃色の瞳だが……危うく騙されそうになる。憎しみが消えてしまいそうで恐ろしかった。ただの逆恨みだと認めたくないのに。

 議会に託された魔女の子。幼くして母を亡くしたのだと教えられた。まるで亡き娘のようだと思い、娘の分まで愛情を注ごうと慈しんできた。けれど、その女が大罪の魔女で、娘が殺されたきっかけを作ったと知り耳を疑った。無邪気に微笑みながら名を呼ばれていたのだと知った時は吐き気がした。

 悪い魔女なら簡単だった。これまでと同じ、残虐な魔女であればよかったのだ。そうすれば、他人の手に任せてしまいたいなどと甘い考えも浮かばなかっただろう。

「メルデリッタ・ミラ・ローズ、お前は……」

 口先だけの言葉を投げるのは簡単だが、それはレイスのプライドが許さない。

「……生きて証明なさい。命尽きる時まで、お前は世界を滅ぼさなかったと、この平和な世界で生きて証明し続ければいいわ」

 メルデリッタは迷うことなく頷いた。

「必ず、証明し続ける。だからいつかまた会える?」

 レイスは返事をしなかった。もう話すことはないと背を向けてしまう。その口元が少し笑って見えたのは都合のいい幻だろうか。

 まるで空気に解けるように魔方陣へと消えてしまった。

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