自覚
「愚かな人間、思い上がるな! お前の許可など要らない。ニナが乞う、戒めの鎖を」
光を放ち、足元一面に広がった魔方陣。生み出された鎖は蛇のように動きルエナを縛った。
「ルエナ!」
ルエナは忌々しそうに顔を歪めて身を捩るが、無機質な鎖の擦れる音に終わる。幻ではなく、しっかりと実態をもった拘束から逃れる術はない。
「無駄な足掻き、そこで大人しくしていなさい。お前の処遇はそれから決める」
「彼は関係ない。私が勝手に巻き込んだの、危害を加えるのは止めて。目的は私でしょう!」
この言葉がどこまで役に立つのかわからない。せめて逃げない意思表示としてメルデリッタは両腕を広げた。
(私は、もう満足)
本気でそう言えるほど満ち足りていた。塔にいたころは考えられなかったことが次々に起こった。人生なんて不本意のまま終わると予期していたのに外へ出られた。人間と友達になれた。舞踏会に連れてきてもらえた。
「メル!」
ルエナが叫んでいる。焦っているのか、あまり見ない表情だった。
全部ルエナが与えてくれたものだ。だからこそ、この意地悪で優しい人を助けたい。
レイスはメルデリッタを逃がすことはない。悔しいが逃げることも出来ない。こんなところまで巻き込んでしまったが、せめてルエナには無事でいてほしかった。
十六年は短い人生だったけれど、この数日――最後の方は瞬く間に過ぎ、心から楽しかったと言える。
最後に伝えておきたいと思った。これが遺言になるのだから……。
「お願い、聞いて! 確かに私は大罪の魔女の生まれ変わり。今まで、ただ違うと叫ぶばかりで、彼女が何をしたのか知ろうともせず耳を塞いでいた。でも、それでは駄目だったのよね。私、外に出て人と接して、過去を知ろうとしたの。その上でもう一度告げさせて!」
たとえレイスが耳を塞ごうと、この先忘れてしまおうとも、ルエナだけは覚えていてくれるだろう。押しつけの願いだとしても最期に誰かに聞いてもらいたかった。
「輝くものに溢れ、尊い命が精一杯生きている。私は、そんなこの世界が好き。優しい人間、大好きな人もたくさんできた。だから人間を殺したり、同族を手にかけるとか、そんなこと出来るはずがない! 世界なんて滅ぼさない!」
たった一人でも、ルエナだけは信じてくれる。それは心強いもので、想いだけで強く在ることが出来た。
意外にも耳を傾けてくれたのか、レイスは唇をかみしめ耐えるように声を絞り出す。
「五月蠅い、黙って……そんなの認めない。なら私はどうすれば良い? そうやってお前はいつも……だから私は、お前が憎い」
レイスはメルデリッタを直視しようとしない。そうしなければならないように、生じたナイフを握りしめた。
(レイスも、分からなかったのね。大切な人が亡くなれば、悲しいなんて言葉で抑えきれない。だから大罪の魔女を憎むしかなかった)
もしもレイスが守役でなければ、魔力を剥奪されることはなかったかもしれない。少なくともメルデリッタが危険な思想の魔女だとは伝えられなかっただろう。それでも完全にレイスを憎むことが出来なかった。どんな意思があったにしても、幼い頃を共に過ごし育ててくれたのは彼女なのだ。
(ここで終わるのなら、誰も憎まずにいたい。魔女も、元魔女のしがらみも、この先には何もない――)
魔女にしてみれば、ほんの一瞬。そのほとんどが塔で過ごした記憶と裁判なんてあんまりだろう。
けれど最後にルエナが信じてくれたから、この数日が人生最高の思い出だと胸を張って言える。
振り下ろされれば一瞬で終わる。
彼は無事に帰れるだろうか。今日の正装は大人びていて素敵だった。せっかくだから一緒に踊りたかった。
(私、ルエナのことばかり。ルエナのことが、好きなんだ。もっと一緒にいたかった)
満足したはずだった。それなのに、やはりルエナが未練を作る。生きたいと実感させてくれたのも彼だった。
(未練が残るなんて……)
閉じた目に涙が滲む。視界を閉じた分、聴覚が冴えていた。
風を切る音。振り上げられ、そして下ろされる気配。
遅い来る痛みに備え、きつく瞼を合わせると荒々しい金属音が響く。




