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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
魅惑の舞踏会
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懐かしき訪ね人

 コンコン――

 黙々と思考を巡らせていたメルデリッタは反応が遅れた。

 人払いは完璧のはずだ。ルエナにしては早すぎるし、グレイスもしばらくは忙しいと聞いている。なのに扉が叩かれているという不思議な現象、放っておくことも出来ずメルデリッタは警戒しながらドア越しに声をかけた。

「はい、何かご用ですか?」

 返答はない。城の人間にしてはおかしな沈黙だ。こちらが開けるのを待っているのだろうか。やけに静かな沈黙が不気味さを掻き立てる。

 そう、静かなのだ。舞踏会の賑わいが、いつの間にか消えていた。

 開けなければならない。

 確証はないが、そうしなければという意志に突き動かされていた。もとより鍵は掛かっておらず、訪問者に用があるのなら阻むものはない。それでも律義にノックしているのは、メルデリッタに開けてほしいという何らかの理由があるのだろう。

 そこに在る者は闇から形を得た影のようだった。頭からつま先までを覆う真っ黒なローブは、とても城使えの人間とは思えない。まるで喪服のようだった。

 唯一、口元だけははっきりしている。真っ赤な唇が、黒をより引き立てていた。誰かと尋ねれば口元がゆっくり弧を描く。

「御機嫌よう、大罪の魔女」

 その一言はメルデリッタを奈落に突き落とした。

 たった数日、久しく聞いていなかった名称。人間はメルデリッタをその名で呼ばない。無論、知りもしない。個人としてではなく残酷な魂の名、恐らく名前よりも先に付けられ呼ばれていたもの。

 挨拶と呼ぶには重苦しく告げてフードが取り払われる。

 暗い瞳に宿しているのは紛れもない憎悪で、メルデリッタを責めていた。まるで幼い頃に戻ったような錯覚を起こさせる。

 夢は覚めるもの、終わりは近い。そしてこれは幸せな結末にはならないだろう。けれど心のどこかでは、救われたような気持ちに安らいだのも確かだった。もう何も迷う必要はないと――

 運命はこの瞬間に決定づけられた。逃げられないと、かつて魔女であった身が何より魔女の恐ろしさを理解している。

「レイス、なの?」

 メルデリッタは懐かしい守役の名を呼ぶ。顔を合わせるのは何年振りだろう。独り立ち出来る歳になるや、二度と姿を見せることはなかった女性。

「久しく会っていなかったわね」

 記憶に残る姿と、あまり変わっていない。母親と表現するには若く、並べば姉のようでもある。

 魔女は一定の年齢まで成長すれば、長期に渡り外見の変化はない。そうして長い年月を過ごす。

「何年ぶりかしら。お前の顔を見たいと望んだ日はないけれど」

 メルデリッタの動揺など気にも留めず淡々と語り続け、怒鳴られているわけでもないのに畏縮してしまう。

「立ち話も無粋ね、入れてくれる? 城の人間たちには寝てもらったわ。邪魔は入らないので安心なさい」 

 彼女の声だけが木霊する。遠くで鳴っていたはずの演奏が聞こえない。舞踏会が嘘のような静けさ、起きているのはメルデリッタとレイスだけなのだろう。

 メルデリッタは何も言えず扉の脇に逸れた。それが合図のようにレイスは進む。一歩、また一歩……レイスは部屋の中央に立つと、動こうとしないメルデリッタを自身の前へと誘う。

「無力な人間に落ちたお前が、逃亡するなんて驚いたわ」

 昔話、けれど楽しいものではない。明確な憎悪が込められていた。彼女がここへ来た理由――メルデリッタの予想は確信へと変わっていた。連れ戻すなんて、優しいものではないはずだ。

「……私を、殺しに来たの?」

「もちろん」

 挨拶でも交わすように、当たり前だと告げられる。

「大罪の魔女は死ぬべき。生まれ変わる度、ずっとそうしてきた。それなのに何故、お前は生きている? お前が生きていると知って、信じられなかった。どうしても赦せないの。裁判でお前の命が奪われないのなら、私が!」

「レイス、私は!」

 聞く必要はないとメルデリッタの言葉は遮られた。

「だって、こんなの可笑しいでしょう? 私の愛しい娘、あの子はもういないのに! お前が世界を滅ぼしたから、魔女は憎まれ、私の子どもは殺された! それなのに張本人がのうのうと生きている、そんなことが赦されるものか!」

「私が何もしていないことは、あなたも傍で見ていたでしょう!」

 物心ついた時、傍らにはレイスがいた。守役としてメルデリッタを育ててきたのは他でもないレイス本人だ。

「……そうね。でも私は騙されない。私はお前を赦さない。大罪の魔女は死を以って償う他ない。そう何度も報告したのに!」

「レイス、何を――?」

「お前はいつも大人しくて、良い子で……とても大罪の魔女とは思えない平和的な子。それじゃあ、いつまでたっても有罪にはならない。だから言ったわ。この子は邪悪、やがて大罪を犯す危険がある。どんなに無害を装うが、心は大罪の魔女そのものだと。誤魔化されてはいけないと進言し続けた。まさか裁判が十六年に及ぶとは予定外だったし、それでも望む判決は下りなかったけれど」

 真っ白に染まる意識の中、幾重もの思考が渦巻く。

(そんなにも私は憎まれていたの……)

「議会はね、お前を自由にするらしいわよ。でも私には関係ない。償わせに来たの。ここでお前を手にかけても誰にもわからない。まして、誰も困らない」

「俺が困るよ。彼女、俺の依頼人なんだからさ」

 タイミングを計ったように開かれたドア。そこから現れた人物を、メルデリッタはすぐに信じることができなかった。

「うそ……」

 これは自分がみせた都合の良い幻かと目を疑う。光が射したわけでもないのに眩しくて、彼の姿を目にしただけで世界に色が戻っていた。

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