上手くいかない
ルエナの話
大広間に戻ったルエナは適当に会場を見て回る。
のんきに談笑する招待客立ちを一瞥しては、人に気も知らないでと理不尽な苛立ちを募らせた。
比較的人の少ない一角を選んで給仕からグラスを受け取る。手にした酒を煽ると、何気ない体で呟いた。
「俺がいない間に収穫はあったか?」
あくまで他人のように振る舞い、顔を合わせることはしない。
「それが……お探しの女らしき姿はなく、ですね」
尋ねられた側――傍にいた給仕の若者も同様、素知らぬ態度である。
そこはかとなくどころか、全身から漂う上司の怒りオーラにマイスは脅える。こんなに機嫌が悪いのはいつ以来だろう。かつて一緒に歩いていた女性を恋人かと問い詰めた時以来だとうか、盆を持つ手に汗が滲んでいた。
察しの通り、ルエナは盛大にイラついている。
(あの時見かけたのは、確かにあの人だった……)
ある女を探せと指示しておいたが成果なし。
残してきた連れは王に持っていかれ。
挙句、権力争いには巻き込まれる。
「も、申し訳ありません!」
万全をきすためマイスも動員しておきながら成果なし。まだ何も言っていないのに部下は謝り続ける始末。
「それにしてもなー」
何か引っかかった様子で部下は上の空。まどろっこしく「報告があるなら早く言え!」との意味を込めて睨んだ。
「あ、いえ! なんか……あの女、どっかで」
「お前、仕事してないで余所の女にふらついてたの?」
「あ、いや、その! 違うんすよ、そうじゃなくて。仕事関係とゆーか……さっき会場を横切った女がですね」
一段と低くなる声を前にマイスは身の潔白を主張している。あれ以上給料を減らされてはたまらないと。
(情報集めに参加したはずが……。そりゃ、メルのドレス姿が見たいとか、邪念があったのは認めるけどさ)
確かに手掛かりはあった。逃がしはしたが……。
独りきりにさせてまで、彼女のためだと奔走したのに、撒かれるなどあるまじき失態だ。
(事態が好転しない。まるで、誰かに踊らされているようだな)
危ない橋を渡ったことは数えきれない。死の危険に晒されたこともある。猛獣に襲われ、崖下に突き落とされたり、迷宮に閉じ込められたり、毒を盛られたり……。
だというのに、どんな危険な仕事をしている時とも違う焦燥が込み上げていた。
「メルデリッタ――」
彼女はやはり魔女に戻りたいのだろうか。最古の魔女とやらが見つかれば、この手を離れてしまうのだろうか。出来ることなら――
「あ、ああーっ! 思い出した。あいつ旦那の客だよ! そう、確か女を殺してくれって何度も通ってた奴」
哀愁漂う雰囲気を台無しにした部下の一言は、非常に良くある依頼の話だった。
「おい、今そんな話関係ないだろ」
鬱陶しそうにあしらうが、マイスは焦りを露わにしていた。それでも表面上、城使えの態度を崩さないのは教育の賜物だろう。
「ちがうんすよ! その女、確かに言ったんだ。消してほしい女の名は、メルデリッタ!」
二の句が継げない。
どうしてメルデリッタの名を知る人間がいる?
「いや俺てっきり、ねえさんの名前メルっていうのかと――」
続くマイスの言葉はあまり耳に入っていない。答えは明白、その女は魔女である可能性が高い。追手ならば辻褄も合うが、消す――つまり殺してほしいとは穏やかじゃない。
「その話、手短に詳しく聞かせろ!」
難易度の高い命令に混じって、遠くで雷が鳴った。雨が降り始め、会場内まで聞こえるほどの雷雨になった。もう今夜は止まないだろう。
一人の声が不自然に途切れた。
酒を煽っていた男性の笑いが止む。手にしていたグラスは床に叩きつけられ、あっけなく割れてしまった。
優雅な弦楽器の演奏が途切れると、小さな異変は次第に大きくなっていく。
一人、また一人と声が消えていく。
力なく倒れ伏す人の体に悲鳴の一つも上がらないのは、辿る運命は皆同じだから――
最後の一人が倒れ、そこは静寂に支配される。
激しい雨音だけが夜に木霊していた。




