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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
魅惑の舞踏会
41/63

何故と問う

 誰も近寄らないようグレイスは配慮してくれた。落ち着きを取り戻した部屋で、二人は並んで座っている。広いというのにルエナがわざわざ隣を選んだのは、いつかメルデリッタが寂しいと零したからだろう。

「もう大丈夫だよ、怖かったの?」

 ルエナはナイフを突き付けられたことや、怪我をしたことへの労りからそう告げていたが、メルデリッタの心中は違っていた。

「少し放っておいてくれませんか……。私、自己嫌悪中で、出来れば一人にしてくださると助かります……」

 重々しく暗い表情で話すその声も消え入りそうなほどで、ルエナは予想もしていなかった返答に面食らう。てっきり一人では心細いものかと思ったが違うらしい。だがどこに自己嫌悪する要素があったのかは分からないが。

 メルデリッタはぽつぽつと語り始めた。

「魔女は怪我をしても直ぐに治ります。私は本当にもう、人間、なんですね」

 どこが自己嫌悪に繋がるのか、ルエナはますます不思議がった。

「怪我をしても大丈夫と、楽観していたのかもしれません。私は怪我をしただけで、こんなにも恐怖した。それなのに、人間は強い。それでも強く生きている。こんな当たり前の事実に気付きもしなかった自分が、恥ずかしい」

 メルデリッタは顔を上げた。涙の痕が残る赤くなった瞳は痛々しい。

「グレイス様、イザベラさんにアンも、辛い過去がある。きっとルエナにだって。私は、たかが十六年間閉じ込められたくらいで、自分が世界で一番不幸だと思い込んでいた。誰もが苦しんでいるのに、辛くても生きているのに。やり直しのきかない命を精一杯生きているのに。自分だけが不幸だと思っていた。馬鹿ですよね、だから愚か過ぎて恥ずかしいの!」

 メルデリッタは柳眉を寄せるが、もう涙を流してはいない。強く拳を握り耐えていた。泣けばルエナは優しく雫を拭ってくれるだろう。けれど甘えていたくはなかった。これは自分自身が向き合うべき問題、他人に甘やかされていい場面ではない。

「そう、だね。確かに皆、色々あるだろうね。あの馬鹿――王にだって相当の覚悟が必要だった。察しの通り、俺も色々あった人生かな。でもね、塔に十六年間閉じ込められるのを、くらいと軽々しくは言わないと思う。しかも無実だったわけで、君も頑張ってきたじゃないか」

 ほら、やっぱり――

 どこかで歓喜している自分に、また嫌悪する。つくづく浅ましい女だ。

「ルエナは優しい。そうやって、また私を甘やかす。けれど私は、優しくしてもらえるような人間ではありません」

「ちょっと自分を卑下しすぎじゃない?」

 そう言われても、比較対象のいないメルデリッタには分からない。こんなに弱い自分が彼らと同じ場所に立つことが許されるのか、不安ばかりが押し寄せる。

「いいえ。私は駄目で情けない人間です。こんな私が、皆さんと同じ場所に立つなんておこがましくて不相応。だから……早く魔女に戻りたい」

 慰めはほしくなかった。一層惨めになる、こんな惨めな思いはたくさんだ。なら、早く魔女に戻ってしまえばいい。早く、早く! そうすれば、余計な悩みからも解放されるのだから。

「メルデリッタ、君は魔女に戻りたいの?」

「そう、望みました」

 何を今更と反論しそうになりながら、後ろ髪を引かれるような感覚に陥っている。

 またもルエナは問い掛ける。「どうして」と、やはり答えにくい質問だった。

 惨めな存在でいたくない。でもそれは一時の感情で、彼に願った時は違っていた。

「それは――、私は魔女だから」

 魔女であるのが当たり前。普通で自然で当然で、そこに理由を求められても存在などしない。

「そんなに魔女で在りたい? 魔女であることは大切?」

 矢継ぎ早に質問される。混乱しそうになる頭で、それでも律義に答えようと躍起になるのは、もはや性分だ。

「魔女でなければ私……。報酬を、あなたに報酬を用意できません。だから私は魔女に戻らなければ」

 必死に理由を探しては、結局こじつけていた。言ってから深く後悔する。他人を理由にしてしまった。そこに自らの意思はなくルエナのせいにしているようで罪悪感が苛む。けれど、そうでもしないと決意が揺らぎそうになっていた。

「それは俺の質問の答えとは違うよね。質問、変えるよ。魔女に戻ってどうするの?」

 結局、上手く答えられない点では同じだった。何も言えない、だって決まっているわけがない。

「そんなに魔女でいたいんだ……」

 呟きはあまりに小さくメルデリッタは聞き返すが、同じ言葉は聞けなかった。

「分かった。もう少し休んでいなよ。しばらくしたら迎えに戻る。今度はちゃんと、ここで待っていて」

 ルエナはしっかりここでを強調する。やはり根に持っているのだろう。約束を破ってしまった後ろめたさから、何処へ行くのかとは聞けなかった。何より今は合わせる顔がない。

 メルデリッタは顔を伏せたまま頷く。

(ルエナが戻るまでには、ちゃんとした答えを用意しておこう)

 それは義務ではないけれど、彼にはきちんと伝えたかった。

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