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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
魅惑の舞踏会
37/63

ワルツの後に

「君に想われているなんて、幸せな男だね」

 メルデリッタは告げられた言葉に目を見張る。すぐに、いましがた己の口から出た発言を思い返した。自然と出てきたものだが、共にいたいとは……改めて考えるとそういうことになるのだろうか?

(想う? 私が、ルエナを? まさか……でもさっきの言葉はまるで、契約が終わっても傍にいたいみたいだった……)

 浮かんでは消えるルエナの顔が、どうしてだろう今は憎い。

 依頼が終われば、メルデリッタは魔女に戻る。人間だからルエナも傍にいることを許している。恐ろしい魔女なんて御免に決まっていると、強く己を戒めた。

 沈黙するメルデリッタに、心細いのだと解釈したグレイスは安心させるように告げる。

「早く合流させてあげたいが、まだ会場に戻るのは大変だろう。あれだけ演奏で注目を浴びた後だ、もう少し落ち着いてからの方がいいね。君の連れにも悪いことをしたな」

 深く溜息を吐いてグレイスは項垂れた。

 話し終えるのを見計らったように扉が叩かれる。グレイスが入室を許可すると、マイスと同じ制服の若い男が飲み物を運んできた。二つのカップをテーブルに置くと、また静かに退出していった。

「せっかくだから飲むといい。落ち着くよ」

「では、お言葉に甘えて」

 花の香りが強く、口元に運ばずとも鼻をくすぐる。濃厚過ぎる調合は何かを隠しているようで不信感を煽った。一度浮かんだ違和は拭えず、行儀が悪いと反省しながらも、メルデリッタは液体に舌を触れさせる。

「駄目、グレイス様!」

 メルデリッタは身を乗り出し、グレイスの腕を掴んだ。拍子に中身がテーブルに零れてしまう。

「メルデリッタ?」

「ラベンシアと、有毒植物が混ぜられています。この香り、味、間違いありません」

 塔での一件以来、メルデリッタは薬草に対して敏感だ。それというのも、とある不審者に得意のラベンシアで出し抜かれたことがきっかけである。それはもう悔しかったのだ。薬草関連なら誰にも負けないはずだったのに、プライドをへし折られた。それからずっと気を引き締めていたなんて、その仇は知らないだろ。

「香りの強さはラベンシアを打ち消すため、気付かないようにしているんでしょうね。でも甘い、逆にお茶にしては不自然になっている。使われている毒素に即効性はありませんが、ラベンシアとの併用は厄介です。ここで二人とも口にすれば、眠くて動けません。助けを呼ぶ間もなく、あの世往きです。……もちろん、私を信じるならですけど」

 あくまでも個人的な意見だが、ラベンシアが使われている。それはきっと何か良くないことが関係しているのだろ。

「君が僕に嘘をつく理由がない、もちろん信じるよ。……ごめんね」

「どうしてグレイス様が謝るのです?」

「狙いは僕だよ。疎まれてるからね」

 雲の上に住んでいるような、王様の言葉とは信じがたいものだった。疎まれる――それはまるで、迫害された魔女のようではないか。

「恐らくジジイども、あ、いや、僕の反対勢力ね。あいつらは僕の失脚を狙っている。そうすれば自分たちが実権を握れるからだ。やり口は陰険で、今回だってそう。毒で死ななかったとしても、王が舞踏会中に寝てたなんて笑い物だ」

 表情も変えずにグレイスは、なんでもないことのように言う。こんなことが頻繁に起こって、常に気を張らなければならない生活は辛くないのだろうか。

「それでも、ここに居るのですか。怖くは、逃げてしまいたくはないですか?」

 森で出会った時もそうだった。彼は迷わず塔を後にして、帰るべき場所――ここに戻ったのだ。

 グレイスは肩の力を抜いてソファーに身を沈めた。背もたれに体重をかけると埃一つない天井がやけに高い。

「どこかに亡命してやるとか? 実は……何度も何度も考えた。でも僕は逃げない。あいつらに負けるのは癪だ。国のためにも、あんな奴らに権利は渡さない」

 脱力した姿勢にもかかわらずグレイスは勇ましかった。

 逃げることをよしとしない……かつてメルデリッタも同じことを口にした。実行し続けるための意志は容易ではないと身をもって知っている。

「それに昔、塔で出会った女神に教えられた」

「え?」

 グレイスは起き上がり、居住まいを正すとメルデリッタに頬笑みかけた。

「その子はさ、なんでも出来る力を持っているのに、逃げないんだ。だから僕も負けていられないってね」

 矛先を向けられたメルデリッタは胸が熱くなるようだった。塔での生活が誰かに勇気を与えられたのなら、なんて喜ばしいことだろう。あの十六年という歳月を、無駄ではないと思ってくれる人がいる。信じられない発言で逆に励まされてしまった。

 だがグレイスは何を想ったのか笑みを暗くする。

「――で、そんな救いの女神にお礼をするどころか、これじゃ逆のお礼だ。君が気付かなかったら惨事だった。ごめん! 本当に、巻き込んでごめん!」

 手を合わせ、そのまま土下座しそうな勢いである。

「グレイス様、顔――あ、頭をあげてください!」

 メルデリッタはテーブルを避けて回り込み、グレイスの肩を掴む。これ以上、王に頭を下げられてはたまらない。

「そうはいかない!」

「いえでも、王様がそんな!」

「王とか関係ないだろ。僕のせいで君まで巻き込まれたんだ」

 可笑しな光景になってきたところ、遮るようにガラスが叩かれる。

「だったらその土下座は、俺にしてくれる?」

 終止符を打ったのはガラス越しの呼びかけ。外にはバルコニーが広がっており、隅には見慣れた青年が立っている。

 姿を確認するや、言い争っていた二人は同時に彼の名を叫んでいた。

「ルエナ!?」

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