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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
魅惑の舞踏会
35/63

奏でる旋律

 待ち人への伝言はマイスに頼むことにした。

「もし仕事の迷惑でなければ、ルエナへ伝言を頼めますか?」

 そう口にした瞬間、彼は見事に青ざめた。口元どころか顔全体が引きつっていたので、無理を言ってしまったとメルデリッタは即座に反省する。けれど撤回しようとすれば「未来のねーさんの頼みを断るわけにはいかない」と了承してくれたのだ。

 ところで、次に会ったら「ねーさん」とは何か聞いてみようと思う。


 そして現在、メルデリッタは大変後悔しているところだ。

(甘くみていた、想像以上に大事だった……)

 予定されていた譜面に目を通せば、一度で譜面は不要になった。目で追えば頭の中で旋律が再生されていく、これならば指も十分に動くだろう。

 では何が大事なのか?

 舞台の規模だ。

 当然ならが、メルデリッタが塔で催していた小さな演奏会とは比べ物にならない。

 王の友人であると紹介され、招待客の注目を一身に浴びていた。豪華なシャンデリアが頭上で輝き、壮大なグランドピアノに影が映っている。その表情は自然と険しいものになっていた。

 本来舞台に立つ予定だった人間は、数多くの賞を総取りした貴族の女性。それを聞いて足がすくみもしたが、もうそんなことに構っている場合ではないだろう。何よりグレイスの力になりたかった。

(大丈夫、大丈夫よ。すごく大勢の人が私を見ているけれど、とにかく大丈夫!)

 唇は固まってしまったように動いてくれない。何の根拠もないが必死に暗示をかける。

 視線に晒され、どこか重なるように過ぎるのは裁判の光景。けれど違うのは、その眼差しに込められた色。演奏を待ち望んでいるという期待、何が始まるのか興味を込めた眼差しは、冷やかなものではない。

(偽物だとしても、少しでも期待に応えたい。……何処かにルエナもいるのかしら)

 そう考えた時、描いていた人物と視線が重なった。後方で人に紛れているが、伝言は伝わったのだろう。驚いている素振りではなかった。

 縋るようにルエナを見つめてしまう。助けて欲しいわけではないのに、心細いという想いは消えてくれない。

 ルエナは一度だけ頷いた。僅かに動いた口元の言葉は読み取れなかったけれど、まるで頑張れと励まされたようだった。

 欲しかったのは励ましだったのかもしれない。たったそれだけで、見事に勇気を与えられていた。

 メルデリッタは微笑を浮かべる。あれほど固まっていた体が解れていた。ありがとうと心の中で告げてから、周囲を見渡す。

(こんな私が誰かの役に立てるなら、喜ばしいこと)

 深々と頭を下げ、椅子に落ち着いた。

 ぶつけ本番! 

 グレイスからは好きに弾いて構わないと許可を得ている。「ちょっとくらい失敗したって大丈夫。みんな分からないから」と励ましも受けている。

 目を閉じて、白い鍵盤に指を乗せた。大きく息を吸い込み、カッ――と目を見開く。

(相手は動物、お客様は動物!)


 始まりは孤独を掻き立てる旋律。右手だけが動き、どこか寂しさを感じさせる音が奏でられた。独りきりであるように、切なさを掻き立てる。

 この時点で既に楽譜なんて無視も同然だった。基本は同じ旋律を使用しているが、かなり手を加えている。もはやこれはメルデリッタの曲、演奏がどう終わるか誰にも分からない。

 消え去りそうな旋律に、観客は夢中で聴き入っていた。初めて聞く曲だと、僅かにざわめきも起こる。

(まるで私みたい。たった独り、何度も夢を見ては諦めて。そんな毎日だった。でも!)

 強く鍵盤を叩くけば音の厚みが増す。演奏はがらりと変わり、独りじゃないと告げるように力強く会場を包んだ。

 人前で演奏するなど、かつてのメルデリッタでは考えられないことだった。その元凶、塔に訪れた不審者に想いを馳せる。

(あなたが来てくれた。あなたに会えた。あなたが外の世界を教えてくれたから――)

 こんなにも幸せでいいのだろうか。

 彼との出会いが一歩を踏みだす勇気……なんて、そこまで壮大な表現は似合わないし、おそらくルエナも苦笑するだろう。けれど確かにきっかけは彼だった。

 メルデリッタの感情と呼応するように、演奏は激しさを増していく。


 ポロン――

 最後の一音、余韻が消えるまで静まり返っていた。

 無事に役目をまっとうできただろうかという不安、そして最後まで弾き終えた安堵からメルデリッタは放心していた。

 一拍遅れて湧きおこった大歓声に、何が起きているのか理解が追いつかない。グレイスに促され席を立っていたことにも、ようやく気づいたところだ。

「メルデリッタ嬢に惜しみない拍手を!」

 お辞儀をと自分に言い聞かせ、メルデリッタはぎこちなくも頭を下げる。一連の動作がまるで自分のものではないように感じていた。

 次々に握手を求められ、応えるに精一杯だった。芸術好きな貴族たちのお眼鏡にも叶ったようで、場内は拍手に満ちている。

「あれは、なんという曲です? いや、実に素晴らしかった!」

「どこで習われたのです? 師はいったい、さぞ高名な方なのでしょうね!」

「まさに芸術だ!」

 興奮冷めやらぬ中、いくら称賛の声を浴びせられても実感が湧かない。ただ押し寄せる人波に溺れそうになるばかりで戸惑っていると、見かねたグレイスが助け船を出してくれる。

「余興の次は、ワルツの時間。どうかこのまま、踊っていただけますか?」

 見計らったようにワルツが奏でられ、グレイスは優雅に傅いた。

 羨ましいと、何処かで悲鳴じみた嬌声が上がる。

「あの、でも……」

 無意識のうちにメルデリッタは彼の姿を探していた。本当は一緒に踊るはずの相手がいるのに、ここで差し伸べられた手を取っても良いのか迷ってしまう。

 だが、その姿を見つけることは叶わなかった。

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