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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
魅惑の舞踏会
34/63

再会は突然

 急に意識してしまったから、だろうか。メルデリッタにとって馬車に揺られている時間はとても長いように思えた。


 遠くから眺めた時も威厳を感じていたが、間近で見上げると圧巻だ。夜の中にあっても輝きを失わない。大きな窓から零れた明かりが舞踏会の豪華さを物語っているようだった。

 城の門は解放さ、馬車が入れ替わり門を潜って行く。馬車から降り、招待客は一様に同じ場所を目指していた。

 お姫様なら、ここで王子様に見染められるのだろう。けれど元魔女にはありえないこと。そもそも、そんな必要はないとメルデリッタは己のパートナーを窺った。

(ルエナがいてくれれば、それだけで心強い)

 優雅な立ち姿が様になっている。そんな人にエスコートしてもらえることが誇らしいく、精一杯つり合いがとれるようにとメルデリッタは背筋を伸ばし軽く顎を引いた。すると一連の動作を見られていたのか横から声が掛けられる。

「畏縮する必要はないよ。君は誰にも引けを取らない。貴族の令嬢や、どんな姫君より美しいんだから。ただ、迷子にはならないよう気を付けてね」

(ちょ、ちょっと褒めすぎじゃないかしら……)

 投げかけられるのは称賛ばかり、しかも性質が悪いことにルエナは嘘をつくタイプに見えない。

「気をつけます。……ルエナ?」

 ルエナは立ち止まってしまった。視線は会場の奥に向けられ、釘付けにされている。どうしたのかと問う声にも反応が薄く、注意深く向けられた眼差しに表情は硬い。

「あれは……」

 何を凝視しているのか、人混みで溢れている状態のメルデリッタには分からない。もとより知った顔などあるはずもなく判別しようがないだろう。

「ごめん! 直ぐ戻るから、ここにいて!」

「えっ!?」

 言いながら走りだされては返事をする暇もない。人混みに紛れては、あっという間に抜けてしまい、もはやルエナの姿は見当たらなかった。確かに一人の方が身軽に辿りつけるという判断は正しい。

(でも、ここ……)

 おもいきり会場外の通路だ。着いて一番、取り残されたメルデリッタはどうすることも出来ず、邪魔にならないよう隅に寄ってはみたものの。一組、また一組と大広間へ向かう人を見送りながら立ち尽くすしかなかった。


 下手に動いてはぐれても困るだろう。そう言い聞かせて待つがルエナは一向に戻らない。

 やがて通路を通る人は疎らになっていく。皆、とっくに大広間へ入ってしまった。会場はすぐそこで、扉を潜れば夢のような世界が待っているのに。それでもメルデリッタはルエナとの約束を守り続けた。

 独り立ち尽くす少女を不審がったのか、門番たちは時折さりげなく視線を向けてくる。メルデリッタを見ては何事かを囁き合い、心細さに拍車をかけた。

(笑いものにされているのかな……)

 ここにきてメルデリッタは所詮元魔女にはお似合いねと受け入れ始めていた。

「あれ、ねーさん一人なんですか?」

 そんな暗い考えを打ち消すように、気安く話しかけられる。俯いていたので反応は遅れたが、顔を上げると不思議そうな表情のマイスがいた。その服装は、参加者の正装というより城使えの執事のようである。

「旦那と一緒だってきーてたんですけど?」

 見知った存在は有り難く、知らず握りしめていた手から力が抜ける。

「何かあったみたいで、先に行ってしまったの。私はここで待つように言われていて、あなたは?」

「俺は仕事、旦那の手伝いっすね。給仕として探り入れてます!」

 マイスは歯を見せて笑う。帽子を脱ぐとまた印象が変わり、すっかり身なりの良い城使え役だ。

「失礼」

 談笑していると、申し訳なさそうに控えめな割り込みが告げられる。

 マイスは睨みを利かせようとして、今は城仕えの潜入中だったと改心し、すんでのところで留まってくれた。代わりに無害そうな当たり障りのない表情を浮かべようとして――若干失敗していた。

 メルデリッタも声の主――男の姿を目にするや驚愕に言葉を失くす。

「もしや本日お越しいただく予定の、セーレン嬢でしょうか?」

 質問されているのだ、早く返答しなければと告げていた。

「いいえ、人違い、かと。どうかされましたか? ここにいては、お邪魔でしたか?」

 たどたどしく答えるメルデリッタに、彼が気付いた素振りはない。そもそも忘れられている可能性もある。もう何年も昔、顔を合わせたのもそれきりでは無理もないだろう。

「まさか、とんでもない! 実は予定しているピアノ奏者が一向に到着せず、門番たちにそれらしい女性がいると聞いたので迎えに上がった次第です。どうやら人違いのようですね。申し訳ありませんでした」

「グレイス様……」

 記憶にある姿よりも大人びているけれど、メルデリッタは一目見て彼だと確信した。背が伸びようと、顔つきが大人っぽくなろうと、面影は残っている。

 今宵纏う白を基調に仕立てられた衣装は、金のラインに彩られ見るものを引きつける。肩に羽織るマントも白く、それは威厳をも感じさせた。まるで王子のよ――いや、彼は王子だったか。

「おや、私をご存じ……」

 自身の名を口に出されグレイスの顔色が変わった。そして答えが出るまでに時間はかからなかったようだ。

「――って、もしかして……メルデリッタかい!?」

 少女がメルデリッタであると分かるや、こちらも目を見開いた。驚愕に零れ落ちそうな程だ。

「はい!」

「え、だって君、森、塔にいるんじゃ? それに髪、黒くなかった?」

 感極まったメルデリッタとグレイスは手を取り合って喜んだ。

「憶えていてくださったのですね。嬉しいです!」

 ほんの僅かな出会いを、相手の人間が記憶しているとは想像していなかった。

「当然だ」

 メルデリッタにとってグレイスは貴重な人間の知り合い。

 グレイスにとっては命の恩人という奇特な存在であり、忘れられるはずもなかった。

 混乱を極めているマイスは、訳が分からないながらも沈黙を貫いている。

 これも上司に報告すべきか、だとしたらなんと告げるべきか非常に頭を悩ませている最中だ。

「私は、あれから人生色々ありまして……」

 メルデリッタは遠い目で過去を振り返る。

「ああ、なんだってかまわない! こうしてまた会えて、とても嬉しいよ」

 しかし一転して、グレイスは困ったように眉を顰めた。

「せっかくの再会だ。ゆっくり語り明かしたいけれど、生憎と問題が生じていてね」

「奏者の方が、いらっしゃらないとお聞きしましたけれど……」

 聞けば有名なピアノ奏者の令嬢が来訪する予定になっているらしい。余興にと彼女のステージを用意したが、時間が迫っているというのに一向に到着しないという。舞踏会の進行に影響あるものではないが、既に告知している催でこのままではメンツが立たないそうだ。

 すぐにメルデリッタは力になりたいと考えた。あの日、森で迷っている人がいれば助けるのは当然――そう感じた気持ちと同じだった。

「私でよければ、何か弾きましょうか?」

 ほんの軽い提案だ。これくらいしか出来ることが浮かばず申し訳ないとすら思ってしまう。さすがに断られるだろうし、断ってくれて構わないと思っていたのだが……。


 それがどうしたことだろう、控え室にエスコートされていた。

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