初めての贈り物
庭で水撒きに徹していたメルデリッタは、朝帰り男が部屋へ戻るのを目に留めキッチンへ駆け込んだ。イザベラ直伝、ルエナ好みのブレンドを部屋まで運ぶためである。
飲み物を持って訪れたメルデリッタに驚きながら、ルエナは心良く迎え入れてくれた。美味しいと呟いて満足そうに飲み干される。その光景に後押しされるようにメルデリッタは口を開いた。
「さしでがましいけれど、あなた、ちゃんと寝ていますか?」
「もしかして俺の心配? 嬉しいな」
本当に嬉しそうなのでメルデリッタは危うく騙されそうになった。けれどこれで丸めこまれてやるつもりはない。
「茶化さないで答えてください。私のために奔走してくださるのは感謝していますが、体には気を付けて欲しいです」
びしっと言い放ってやった。先刻のようにはぐらかされてはいけないと、些か口調も強くなる。
「なんか、新鮮――」
唇は尖り眉を寄せ、明らかに不機嫌を露わにしているというのに、当の本人は感慨深く頷いている。しかも未だに嬉しそうである。
「私、喜ばせようとしているわけではありません」
「ごめんね。誰かに意見されるのって、ちょっと新鮮で」
「それが嬉しいの?」
「俺、嬉しそうに見える?」
「多分、ですけど」
「そっか。ありがとう、メル」
しみじみお礼を告げられ、会話はちぐはぐだ。恨みがましい眼差しを送り続けていると、ルエナはベッドに横たわる。
「そんな顔しなくても忠告は聞かせてもらうよ。寝るから大丈夫。夕方には起きるから、君も夜のこと忘れないでね。あ、もしかして寂しいとか言ったら、添い寝してくれるのかな?」
「しません!」
メルデリッタは自分でも驚くほどの速さで即答し退散する。だが扉を閉めようとして、やられたと頭を抱えた。
「て、そうじゃなくて!」
流されるままに参加することとなっていた舞踏会。自分が参加するなど場違いで、出来ることなら取り消してもらえないかと考えていたのに。
けれど「お休み」と言って布団を被ったルエナの邪魔をすることは出来そうもなかった。
仕方なく、メルデリッタは自室に籠もっていた。
ルエナがいつ起き出すかもしれず、見張りに就いている。顔を合わせた瞬間、即座に意見しようと画策していた。
加えて空は生憎の曇天だ。泣きだす数秒前のような色で、外出にも向かないだろう。
こういう時こそ読書だと、別名・本の虫メルデリッタは嬉々としていた。
(イザベラさんが貸してくれたのは、料理に園芸の本。アンは確か、流行りのファッション誌を貸してくれたのよね)
窓を開け放していると、賑やかな喧騒が奏でられる。
塔で一人、風の音や動物の声を聞きながらの読書も趣はあったけれど、こちらの方が好きかもしれない。
本の世界に没頭していると一日は瞬くように過ぎていた。茜空は雨雲と夕陽が入り乱れ、不気味な色合いを醸している。今夜は荒れるかもしれない。
来訪を告げる鐘が鳴り、明朗な男性の声が響いた。届け物らしく続け様に「サインお願いしまーす」とも聞こえる。
慌ただしい足音が響いたのは、それから直ぐだ。何段かとばす勢いで階段を駆け上がる気配。その流れで扉が叩かれ、返事をする暇もない勢いでアンが乗り込んできた。
「ど、どうしたの!」
あまりにも急いでいたのかアンは息を乱している。腕いっぱいに箱を抱えていた。よくその状態で走れたなと驚いてしまう。だが、それほどまでに大事な用件なのだろうとメルデリッタは居住まいを正して本を置いた。
「早く知らせてあげないとね。はい、これ。届きたてのプレゼントよ!」
全ての荷物を差し出されるも身に覚えのないメルデリッタが疑問符を浮かべ固まっていると、じれたアンはひとまずベッドの上に荷を置いていた。
箱は全部で三つ。一番下が一番大きく、重なる順に小さくなっていた。
一番上に乗せられている箱にはピンクのリボン、共に添えられたカードにはメルデリッタの名が記され、差出人はルエナとなっている。
どうすればいいのか戸惑うメルデリッタを、早く開けろという表情でアンは見守っていた。
「あのね。ここには、あんたの名前が書いてあるの。どう見てもメルデリッタ様宛よね? あたしが開けるわけにはいかないでしょう。で、早く開けてやらないと中身が可哀想なわけ」
抵抗ぎみのメルデリッタは背を押され、ようやく一番大きな包みのリボンを解く運びとなった。
リボンは花の形を作っており、解いてしまうのがもったいない芸術的なラッピング。ゆっくりと紐解けばベッドの上にリボンが落ち、そっと蓋を開けた。
そこに収まっていたのは、リボンより美しいもの――
淡いピンクを基調に作られたドレスは、一目見ただけでも丁寧に仕上げられていると分かる。
「これ、まさか!」
メルデリッタは絶句した。急いで他の箱も開けると、一つには靴が、もう一つには宝石と髪飾りが。