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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
プロローグはラプンツェルごっこ
3/63

そして塔の中

 とは言え全ての疑問符を打ち消すほど決定的な一撃を受けた後であり、グレイスには受け入れるという選択肢しか存在しなかった。

「魔女、とは信じがたい、のだが……あれが、魔法?」

 地上数メートルの塔まで招き入れられ、不思議な炎に温められた後では信じる他ない。そんな一大決心だったというのに、メルデリッタはあっさり頷いて見せる。

「その、感謝するよ……」

 一応、乾かしてもらったわけなので礼を述べる。危害を加えられたのではないと悟り、グレイスは安堵の息を漏らした。それを疲労と解釈したメルデリッタが提案を持ちかける。

「迷われたのですね。随分お疲れの様子ですし、よければ休んでいってください」

「いいのか!?」

 グレイスには無事国へ帰る義務がある。歩き疲れ、飲まず食わずの身だ。有り難く提案に乗らせてもらいたい。

 おとぎ話ではこの後、王子は魔女に見つかるのだが……見つかるどころか、目の前の少女こそが魔女なので問題はないだろう。

「お誘いしたのは私です。遠慮なさらないでください。すぐに食事を作りますから、どうぞお座りください」

 メルデリッタが案内したのは部屋の中央。白いテーブルクロスの敷かれたテーブルを挟み、椅子が二つ並んでいる。

 少女は軽やかな足取りでキッチンへ方向転換していた。命を脅かすつもりなら、わざわざ服を乾かしたりしないだろう。警戒心なく背を見せたこともあり、危害を加える気はないのだろうと判断したグレイスは、ようやく剣から手を離した。


 意外と広い。それが最初に感じた部屋への印象。

 数歩で辿り着けるキッチンは、特別豪華な仕様というわけではない。むしろ最低限の設備しか備わっていないだろう。それなのにメルデリッタはテキパキ料理に勤しんでいる。心得のないグレイスから見ても、手際が良いと判断出来た。

 一際目を引くのは天蓋つきのベッドとピアノ。寝具は綺麗に整えられ、ピアノは蓋が開き白い鍵盤が覗いている。

 壁を取り囲むように敷き並べられた本棚には、隙間なく本が敷き詰められている。その本棚よりも高い位置、壁には燭台が埋め込まれていた。不便ではないかと過るも、魔法があれば容易いのだろうかと考え直した。

 そしてやはり、室内にも出入り口らしき扉は見当たらない。

 部屋を観察する一方で、グレイスは悩んでいた。食材がきざまれ、煮え立つ鍋で美味しく煮込まれている。なんて空腹に染み入る良い香りだろう。

 けれど得体のしれない女が作る物を安易に食していいのか。しかし、ここで食べなければ飢えて死ぬ。ならどちらにしろ、行き着く先は同じ……。

 丁度、腹を括ったところだった。あれこれ悩んでいるうちに料理は完成していたらしく、温かなスープを差し出されていた。

「感謝する。驚きの連続で名乗り遅れて申し訳ないが、僕はグレイスという」

「お会いできて嬉しいです。グレイス様」

 メルデリッタの言葉は飾らないものだった。笑顔に後押しされるように、もう迷わないと覚悟を決めたグレイスは、一口食べて感嘆の声を漏らす。

 素直に美味しかったのだ。疲れた身体が満たされていく。

「良かった! 正直言うと、人様に料理を食べてもらうのは初めてで、少し不安でした」

 あまりにも嬉しそうに告げられ、毒殺される可能性を考慮していた己を恥じる。申し訳なさから、もう一度称賛を贈った。

 照れたメルデリッタは窓辺に避難してしまった。そしてまた、あの歌を口ずさんでいる。

 邪魔をするのも憚られ、グレイスは食事に集中することにした。大切に噛みしめ、一口ずつ飲み干す。王宮でメイドたちに給仕されるような豪華な食事ではない。けれど何よりも優しい味のように感じた。


「――ご馳走様」

「はい、お粗末さまです」

 メルデリッタは椅子を引き、向かいの席に座った。

「ピアノも君が?」

「お聞き苦しいものを、すみません……」

「まさか! 素晴らしい演奏だったよ。おかげで君とも出会えたのだから」

 ところでだ。魔女と名乗る少女は森の番人なのだろうか? 

「立ち入ったことを聞くが、気になって眠れないのは困る。何故このような塔の上に? まさか! 我が国でも昨今問題に挙がってる、引き籠りというやつだろうか」

「それは不名誉なので撤回願います!」

「あ、ああ! 悪かった」

「確かに私は、外へ出たこともありません。引き籠りと言えばそうかもしれませんが……。何故と聞かれれば、ここから出られませんので」

「ずっとここに? さっきの魔法があれば、どこへでも行けるだろう」

「もちろん魔法を使えば容易く、私にはそれだけの力があります。けれど私は、ここにいなければならない。そういう決まりらしいですから」

 どこか他人事のように言うが、他人事で閉じ込められてはたまらないだろう。

 メルデリッタは窓枠のその向こう――どこか遠くを眺めていた。空を飛びたいと望む鳥のように、眼差しにははっきりと憧れが混じっている。

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