過去を学び、過去と向き合う
視界にとらえた目的地。昨日は遠目からだったが、近づけば近づくほど想像より大きい。
目的の本がある確証はない。『魔女に戻る方法』なんて書いてあるわけもない。たとえ存在したとしても探し出せるのか途方に暮れてしまう。
(でも、頑張らないと。自分のことなんだから、私だって頑張らなくちゃいけない)
当然ながら、図書館に足を踏み入れるのは初めてで緊張も伴う。
(ちゃんと前を見て、あまり騒がないようにするのよね)
可笑しいところはないだろうか、アンに習った図書館の作法を確認する。
(騒がない。読んだ本は元の場所へ戻す。分からないことは司書に聞く!)
この三原則が大切なのだとか。
まず一階から探索を始めた。目を凝らし、ひとまず魔女と言う単語を意識して探す。
知ったタイトルの本も多数取り揃えられていた。本は友達の生活を送っていたのだ。多種多様のジャンルを読み漁り、知識は吸収してきた……と言えば格好がつくかもしれないが。毎日毎日、塔の中。本でも読まなければやっていられなかった。
二階、三階と同じ作業が続く。
(効率、悪いわよね……)
行き詰ったメルデリッタは、いよいよ困った時は! の教えを実行に移そうとする。だが率直に「魔女について書かれた本はありませんか?」と聞いて大丈夫なのだろうか、あまり大丈夫ではない気がする。
コミュニケーション能力の低さが仇となっていた。
上手く効きだす方法はないだろうか。素直に「元魔女なんですが――」と申告するのは気が進まないし、というか信じてもらえないだろう。
(どうしよう。物語を探すならタイトルを伝えるだけで済むけれど、そもそもタイトルがあるわけでも……そうだ!)
何かが頭の中で光った。打開策を閃いたメルデリッタは司書の元へ向かう。
司書は一階の入り口横、年老いた女性だった。メルデリッタに目を留めると司書は眼鏡を押し上げる。
「こんにちは、何かお探し?」
「こんにちは。あの、私、物語を書こうと思っています。それで魔女について調べていて、どんな内容でも構いません。魔女について書かれた本はありますか?」
「まあ、素敵! 物書きさんなのね。 ちょっと、お待ちくださいね」
しばらく待つと、司書は一枚のメモを手渡した。
「歴史に、魔法関係の本でしょ、魔術や魔女が登場する物語もあるわ。眉唾も多いけれど、何が参考になるか分からないものねえ。とにかく、たくさん書いておいたわ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。頑張ってね」
温かい眼差しで送りだされ、メモ通りの棚を探していると、魔女と名のつく本が発見できた。『魔女裁判の歴史』『黒魔女の恐怖』どれも良い内容ではないと容易に想像できる。
メルデリッタは『魔女裁判の歴史』を手に取った。そこには人が魔女を恐れ、魔女狩りの歴史が綴られていた。
その魔女は強大な力を持っていた。
世界すら滅ぼせる力を。
書かれた文字をなぞる。
家は焼け落ち、崩れ。田畑は荒れ、人は飢えた。多くの人間を殺め、止めようとする同胞までも手にかけた。やがて元凶となった女は、その罪から大罪の魔女と呼ばれる。
人間の記憶に残ったのは、恐るべき魔女の姿。人は魔女を恐れ、狩り始めた。それが魔女狩りとなって広まった。
人の手で記されているので、全てが正しいことではないかもしれない。記述には少し曖昧なところもある。けれど、世界を滅ぼすということは、記述のような行為を指すのだろう。
世界を滅ぼした魔女の生まれ変わり、同じ魂――
そう告げられて育った。けれど、深く罪と向き合うのは……初めてだ。
(前の自分が何をしたかなんて、考えもしなかった。ただ違うと繰り返すだけだった。自分は何もしていないからって、どこかで関係ないと思っていたんだ。私は、大罪の魔女が何をしたのか理解しようとしなかった)
本を抱く腕に力が入る。十六年も、何をしていたのだろう。これまでの人生が酷く脆いように感じてしまう。
世界を滅ぼした――言葉だけで、どこか遠い話だと思っていた。
メルデリッタは踵を返し、積み上げた本を夢中で読み耽る。たとえ今さら遅くても、それでも無知のままではいたくない。
(大罪の魔女は、たくさん壊して、たくさん殺めた)
何百年も昔の話だ。それこそ魔女の存在が御伽話に変わる程に。
読み進める度、心が痛む凄惨な事象。それでも目をそむけたくはない。初めて魔女であることを恐ろしく感じていた。
魔女であることは誇らしく、幸いなこと――そのはずだったのに。
(でも、本当にそう?)
浮かんだ疑問。メルデリッタは己に問い掛けていた。
誇らしい? 幸い?
それならどうして、魔女メルデリッタ・ミラ・ローズは――
(魔女なんて、悲しいだけだった)
遠くで鐘が鳴っている。誘われるように面を上げ、窓から外を窺うと親子に友人同士、仲睦まじく通りを歩く姿が多く見られた。帰路に着いたり、出掛けたり。手を繋ぎ歩く姿が微笑ましいと思った。
この景色全てを灰にしたのが、大罪の魔女……。




