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突然の誘い

「舞踏会へ行こう」

 ええそうね――

 条件反射で頷こうとして、ちょっと待てと思い留まる。思案に耽っていため反応が送れてしまった。

 突拍子もない発言を聞かされたのは帰宅直後のことだった。見計らったようにルエナが現れ、そう言われても脈絡も意図も掴めずメルデリッタは返答に困っているところだ。

 アンは先に食材を届けてくると一足先にキッチンへ向かい、二人きりになるとルエナは遠慮なく依頼の進行具合を報告し始めた。

「それがさあ、何にも進展してないの。情報ゼロ、俺がだよ? この俺が、相手の痕跡を辿れないなんて、相当なやり手だよね」

 肩を竦め、この俺がをやけに強調する。よほど自信があったのだろう。

 メルデリッタは事態を整理する。あれからマイスと共に情報集めに奔走してくれたらしいが、結果は芳しくないようだ。

「苦労をかけて申し訳ないです。それで、どうして舞踏会ですか?」

「情報収集だよ。いろんな輩の集まる場所だからね。ちょっと心当たりもあるし、開催は明後日だから」

 それは、つまり……。

「この流れ、まさか私も一緒するのでしょうか?」

「そう言ったつもりだけど。男一人で行っても浮くよね」

「む、無理です! だって――」

 メルデリッタの知る舞踏会は、お姫様や貴族の参加するもの。そしてパートナーは恋人でなければという物語知識が植え付いていた。

「あなたには、私より相応しい方がいるでしょう。それは、私の依頼が要因で出向くわけですが、でもやはり相手は問題というか。あなたには正式な相手がいるのに、私がしゃしゃり出るのは場違いというか、勘違いといいますか……」

 自分でも何を捲し立てているのか分からなくなっていた。とにかく断った方が良いと理由を並べ上げる。

「よくわからないけど、俺はもう行くよ。悔しいから、もうちょっと当たってみるつもり。とにかく明後日の夜、必要な物は用意しておくから安心して!」

 最低限の用件を告げ、ルエナはまたいなくなってしまう。慌ただしくて話す暇もなかった。寂しさを覚えるも、そうさせているのは自分の依頼が原因である。

 その日の夜、結局ルエナは戻らなかった。

 まったくもって役に立てずもどかしい時間を過ごし、いつ戻るのだろうと不安に駆り立てられる。だがイザベラやアンの話ではよくあることらしく、というよりこれが普通だとか。ふらっと出て行き、ふらっと戻る――まるで猫のようだと皆で笑い合えば、すっかり不安は薄まっていた。


 翌日、メルデリッタは朝からキッチンに立っている。

「お、お口に合いますでしょうか!」

 かつて美味しいと称してくれた人もいたが、やはり緊張の瞬間だ。

 アンは一口食べてカッと眼を見開いた。

「美味しい、美味しくてずるい! ちょっとメル、あなたどんだけ万能なのよ!」

 それにはイザベラも同感のようだ。

「ホントにねえ。お嬢様かと思えば、家事もそつなくこなして、気さく。あんた良い嫁になれるよ」

 手放しで褒められ、メルデリッタは戸惑いを隠せない。

「と、とんでもないです!」

「謙遜しなくてもいいわよ。昨日は掃除も手際よくこなしちゃうし。針仕事だって、あたしの破れた袖をあっという間に直せて、料理は美味しいし。しかも美人! もー、このパーフェクトが羨ましい!」

「羨ましい、私が?」

 メルデリッタは茫然と呟いた。元魔女を、大罪の魔女を、魔力のないただの人間を、彼女は羨ましいと言った?

「もう、他に誰がいるってのよ!」

 アンが大きく詰め寄る。

(私が羨まれる、なんて……)

 目から鱗だ。

「メルは今日どうする? 掃除とか洗濯は昨日頑張ったから心配無用。好きなことして過ごすといいわ」

 こうして公に許しを得られたので図書館へ行こうと思う。昨日の買い物の段階から考えていたことがあった。

 ルエナにばかり頼るのは落ち着かない。こうしている間も、彼は情報を得ようと動いているのだろう。そう考えると、自分ばかりじっとしていられなかった。かといって地の利や情報戦に通じているわけでもない。最古の魔女のことは彼に任せよう。

 そうしてメルデリッタが行き着いた答えは、少しでも知識を得ることだった。

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