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友人と街へ

 ひと騒動が過ぎても、仕事が終えたわけではない。

 庭に植えられている花はイザベラの趣味らしく、まるで小さな庭園のようだった。メルデリッタは一鉢ずつ丁寧に水を与える。

 やがて帰宅したイザベラは、娘と家事に励む客人に仰天していたが、すぐに家庭的なメルデリッタに感心していた。

 仕事着に着替えるやイザベラはキッチンに立つ。夕食の下ごしらえにとりかかるつもりらしい。だが、そこで視界に入った限りなくカラに近い瓶に、しまったと落胆していた。

「アン、ちょっとお使い頼める? 今日の分は足りるけど、茶葉の買い足し忘れてたみたいだ」

「いいわよ。そうだ、メルも終わったなら一緒に行かない? せっかくだし、この街案内してあげるわ」

「へえ、あんたにしては名案だ。急ぎの物ってわけでもないから、ゆっくりしてきなよ。ここは良い街だからさ、あんたにも好きになってもらいたいねえ」

 洗濯物を畳み終えたメルデリッタは顔を上げた。街の様子を見学したかっただけに、この申し出は有難い。ルエナに頼むのも気が引けて、どうしようかと悩んでいたところである。

 買い物籠を受け取ったアンは、小走りでメルデリッタに駆け寄った。

「ね、行こ!」

 返事を聞くまでもなく、アンはメルデリッタの手を引っ掴む。躊躇いなく握られた手は少し強引ともいえるだろう。けれどメルデリッタは震える程に嬉しかった。この手を躊躇いもなく掴んでくれる人がいる、その事実だけで涙が溢れそうだった。

 アンの歩幅はメルデリッタと同じくらい、当たり前だがルエナのそれとは違う。

(まさか友達と並んで歩ける日が来るなんて!)

 追いかけなければ遭難という不安はないのに、メルデリッタは気が休まらない。ちゃんと友達らしく見えているだろうか、人間として挙動不審な点はないだろうかと常に気を張ってしまう。

 そんな傍らを歩く友人の心配事など知らず、アンはさっそく街案内を始めた。

「西の国は気候が良くてね、今は花の季節なの。向こうにある公園は一面花が咲き乱れる観光名所よ。圧巻だから一度行ってみると良いわ。そこの角の店が街一番のレストランで、お勧めは日替わり定食。てか、どれもお勧め! ちなみに隣接する店は、開かずの店なのよ。妖しげな商品ばかり取り扱ってるらしくて、開店の看板を見た者は幸せになれるんだとか、もはや都市伝説ね」

 身振り手振り、相槌を打つ暇もなく怒涛の勢いだ。メルデリッタは、その都度示される方に視線を向ける。

「あ、メルは本が好きなのよね。本屋だったら、あそこの品揃えが一番かしら! それから、図書館ならあっちの大きい建物よ」

 観光名所から日常生活まで、アンは事細かに説明してくれた。飾らない物言いは、友達だと認められているようで胸がいっぱいだ。

「賑やかな、とても良い街ですね」

 行き交う人々は穏やかで、自分もその一人になっている。誰もメルデリッタが魔女であったことを知らない。当たり前のように人間の中に溶け込んでいた。

「ここは治安も良い方だし、住みやすくてお勧め。ちょっと前まで不安定な時期が続いてたけど。あそこ、ほら見て」

 アンが指差したのは、平地からでもよく見える王が暮らす城。

「王族やお偉い方々がもめてたのよねー。今は新しい王が即位されて、しっかり治めてくださっているから助かるけど」

 自分たちではどうしようもないこともある。上に立つ者がしっかりしているとなれば安泰だ。税の納めがいもある。

「素敵な王様なのね」

「そっ、我らが旦那様には負けちゃうけどねー」

 アンは誇らしげに胸を張った。その様子が微笑ましくて、メルデリッタは自然と口をついていた。

「ルエナのこと、好きなのね」

「へっ?」

 アンは素で驚いた。どこから出したのかわからない変な声が上がっていた。

 未だメルデリッタを旦那様の恋人だと認識しているのだ。そんな立場の女性から好きなのかと問われては、しばしどう答えて良いか悩むのも仕方ないだろう。結局、あまりにも屈託のない様子のメルデリッタに深い意味ではないと取ることにした。

「えーと、そりゃ好きよ。旦那様も母さんも、もちろんメルもね。だから大丈夫、恋愛感情って意味じゃないから安心して! あたしのは尊敬だから」

 後に友人との間に余計な確執が生じても困ると、一応補足を入れておく。

「アンから見て、ルエナはどんな人?」

 友人があまりにも誇らしそうに語るので、メルデリッタは彼の人となりが知りたくなってしまった。物騒な仕事をしているという、うわべだけの事象しか未だ知らないずにいたのだ。

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