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朝食を囲む

 席を勧められ、三人揃っての食事となった。

 湯気を立てるスープの香りが食欲をそそり、テーブルの中央にある大きなバスケットには焼き立てのパンが並んでいる。小皿にはバター、瓶には果物のジャムも用意されていた。

「いただき、ます」

 明朗な挨拶を交わしていたメルデリッタが、急に縮こまる。それをいぶかしんだイザベラが気遣わしげな声をかけてきた。

「悪いね。使用人とテーブルを囲むなんて不服だろう」

 メルデリッタを良いところの令嬢と解釈しているのかイザベラはそう言った。使用人とお嬢様が食卓を囲むなんてあるわけがないのだと。

 二人から注目を浴びてメルデリッタは慌てる。親切にしてくれる相手を不快にさせてはいけない。自分の態度に非があったのだ。

「違うんです! 誰かと一緒に食事をするのが、初めてで、嬉しくて。少し緊張しているんです……」

 益々、恥ずかしさが増した。けれど言葉にしなければ伝わらないだろう。

「なんだ、そうだったのかい。何も気負わなくて良いんだよ。笑ってしっかり食べてりゃ良いのさ。アンみたいにね」

 今度はいち早く食事を進めていたアンに視線が集まる。パクパクと軽快にパンを食べる仕草は本当に美味しそうだ。一方、誰よりも食事を満喫していたアンは慌て口元を隠す。

「ちょ、ちょと母さん!」

「ね?」

 メルデリッタはつられて笑顔になるが、よくよく見れば少し困った表情になっていただろう。二人のやり取りが楽しくて、軽口をたたき合える親子が羨ましかった。

 スープは初めて口にする味付けだった。独学で調理していたメルデリッタには出せない味――これが家庭の味なのだろうか。頼めば作り方を教えてもらえるだろうかと興味が湧く。

 するとアンも興味津津といった様子で身を乗り出してきた。

「で、お嬢様は旦那さまとはどういう関係なんです?」

(き、きたっ!)

 家の主がいきなり女を連れかえれば、それは気になるだろう。仕事のことは伏せて上手く説明する必要があり、緊張で思わず背筋が伸びる。

 イザベラも気になっているようで、メルデリッタの言葉を待っているのか、スープに伸びた手が止まっていた。

「……ルエナは、私を助けてくれたの」

 慎重に言葉を選び過ぎたため、あまりにも短い説明となってしまった。けれどアンは納得したように頷いている。

「ふむふむ、なるほど。だいたい分かりました。つまりこういうことですね!」

 あの短すぎる言葉から何を感じ取ったのか、アンは自信たっぷりに語り始めた。

「とある名家の令嬢メルデリッタ。家同士の権力争いに巻き込まれ、望まぬ政略結婚を強いられたお嬢様は家出を決意。やっとの思いで家から逃げ出したが、行く当てもなく路頭に迷っていた。そんなお嬢様を狙って声をかける荒くれ者ども。おい、ねーちゃんや。行くとこないなら俺らが可愛がってやるぜ。嫌よ離して! お嬢様、絶体絶命の大ピンチ。そこへ颯爽と現れたのが、我らが旦那様! 二人は出会ってすぐ、炎よりも熱い感情に焦がれ、海よりも深く恋に落ちたというわけですね」

 いつの間にかアンは立ち上がり、勢いのまま身を乗り出している。もはや何から訂正すればいいのか……メルデリッタは頭を悩ませた。

「ええと。まず私、お嬢様ではありません。大層な身ではありませんし、どうぞ気軽にメルと呼んでください」

 怒涛の勢いは鎮火されたのかアンは大人しく席に着いた。

「あれ、そうなんですか? いかにも深窓の令嬢という見た目だったので、てっきりどこかのご令嬢かと。あ、これもちろん褒め言葉ですからね。そっかー、じゃ友達になりましょうよ! じゃなくて、友達になろう! ね?」

 メルデリッタは理解が追いついていなかった。友達――なんて甘美な響きだろう。

「こ、光栄です! アンさん、不束者ですがどうぞよろしくお願い致します」

 丁寧に頭まで下げるメルデリッタにアンは苦笑していた。

「いや、そこは違うでしょ。メルも堅苦しいのはなし、アンと呼びなさい」

「はい、あ、いえ……わかった!」

 それで良しとアンの親指が立てられる。

「それで、私が困っていた時にルエナが助けてくれて。その延長で今も助けてもらっているの。だから、恋人なんて素敵な関係ではないのよ」

「あれ、そうなの? でも母さんの話じゃ、熱々だーって」

 熱々って何だろう。むしろ何も始まってすらいないのに。

 正直なところ、メルデリッタが自分を攫った相手に抱いているのは恋心ではなく未だ明確に警戒心ばかり。意地悪で失礼なわりには優しい人、くらいには昇格したけれど……。

「随分と仲良くなったみたいだね」

 唐突に割り込んできたのは張本人だった。日課なのだろう、「旦那様、おはようございます」という親子の挨拶は綺麗に重なっていた。

「うん、おはよう。一杯もらえる」

「任せとくれ!」

 イザベラは湯を沸かし準備にかかる。ルエナは満足そうに眺めると、メルデリッタの傍らに寄り添った。

「不自由はない?」

「はい。とても良くしてもらっています」

 夢のような待遇ばかりだ。イザベラは優しく接してくれるし、アンは友達にまでなってくれた。

「それは良かった。君を助けるのが俺の仕事だからね」

 二人に聞こえないよう耳元で囁かれる。

 淹れ立ての茶を受け取ると、ルエナは「後で、おいで」と短く告げてキッチンを後にした。

 それからは仲を問いただされることもなく、メルデリッタは食事に集中することが出来た。何故なら説明虚しく親子二人は確信していたのである。二人はデキていると。

 時折向けられる微笑ましそうな視線に疑問符を浮かべながらも、メルデリッタはルエナの元へ向かうのだった。

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