朝から心臓に悪い
温かな日差しが瞼を刺激し、朝の訪れを告げられる。けれど初めて見る天井だった。
(ここは、どこ――?)
「あ、起きた?」
天井との間に割り込む姿を視認した瞬間、その名を叫ぶより早く手で口を塞がれる。
「んんー!」
「予想通りの反応ありがとう。とりあえず、大声はなしね」
口は塞がれているので首を縦に動かせば伝わったようで手を離してくれた。
「どうしてここに……。いえ、あなたの家なので不思議はないのですが。何と言いますか、非常に驚きました」
何もかもを思い出すのには十分な刺激だった。
「それはどうも。いやね、昨日言い忘れたんだけどさ。俺の仕事、家の人間には秘密にしといてくれるかな」
「分かりました。誰にでも知られたくないことはありますものね」
追求することなく受け入れたその姿勢は、ルエナのお気に召したようだ。
「助かるよ。いやー、あれだけ全幅の信頼を寄せられると、今さら言い辛いことの一つや二つも出来ちゃうんだよね。俺の仕事って、恨み買うこともあるからさ。平穏な親子の日常に余計な不安を与えたら悪いだろ」
そろそろ意地悪から優しい人に認識を改めるべきだろうか。夜中に起こすのを躊躇ったり、危険に巻き込ませまいとしたり。気遣いは優しくなければ出来ない。
真剣に検討し始めたメルデリッタの思考を遮ったのは、ハリのあるイザベラの声だった。
「お嬢様―、お目覚めかーい?」
陽気な声と共にノックがされる。
「はい!」
「着替えを持ってきたんでね。失礼させてもらうよ」
「あ、まっ――」
止める暇もなく、メルデリッタとイザベラは目が合って固まる。タイミングが悪いことにルエナもいるのだ。しかもベッドの上で向かい合った状態で……。
あらぬ誤解されなければいいが――、メルデリッタの不安は見事実現する。
「まあまあ! あたしとしたことが、こんな失態を犯すなんて。しくじりました。申し訳ありません。二人とも邪魔して悪かったね」
瞬時に邪魔をしてしまったと悟った、もとい誤解したイザベラは衝撃を受けつつも、抱えていた荷物を落としはしない。
「大丈夫だよ、イザベラ。ちょっと朝の挨拶をしに来ただけだから、もう退散するところ」
ルエナは何の動揺も出さず、しれっと答えている。
「いいえ、あたしのことはお気になさらず。着替えはここ置いとくよ。でも、そうだね。お取り込み中でなければ、一緒に朝食はどうだい? 気が向いたら下りといで」
矢次に申し立てられ口を挟むすきがない。しかも畳んだ洋服は椅子の上に置いて、そそくさと退散されてしまった。
「……イザベラさんに、激しく誤解された気がするのですが」
ただでさえ誤解されているのに、さらにややこしくなることは間違いない。
「そう? ま、何でも良いじゃない。命にかかわる問題でもなし、俺は部屋に戻るね。気にせず食事に行っておいでよ」
着替えのために出て行った気遣いは有難いけれど、楽観的なルエナにため息がでる。丁寧に畳まれた服に袖を通しながら、メルデリッタは今日こそ何と弁明するべきか頭を悩ませていた。
覚悟を決めたので階段を下りる。足音と声を頼りに、気配のする方へ向かった。
そっと覗けば、イザベラともう一人。同い年くらいの女の子がテーブルに座っている。
「おはようございます。その、お待たせしました」
メルデリッタが声をかけると、唇に人差し指を当て何やら考え込んでいる。
「ふーん……」
しばらくすると満足したのか、唇が弧を描いた。
「初めまして。あなたが旦那様の客人ね。私も母と一緒に働かせてもらっているの。アンていうわ。よろしくね」
髪色から目元まで、特に笑うとイザベラそっくりだ。
「アンさん、服を貸して頂き、ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をすると、アンは照れたように言う。
「いいのよ。私じゃ、そんなに可愛く着こなせないもの。服も喜んでるわ」
「そりゃそうだ」
「ちょっと母さん、それは酷い」
「まったく、自分で言ったんだろ。さて、冷めないうちに召し上がれ」




