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二番目の家

「おいで、メル」

ドアの横から動けずにいたメルデリッタは、手を引かれルエナの隣に並ばされる。

「彼女は……。俺の大切な人、かな。丁重に扱ってね」

 一拍、何を言われたのか間があったように思う。けれどそれも数秒のことだ。

「まあ! それは、それは。かしこまりました」

 イザベラは満面の笑みで頷いた。

「で、悪いけど風呂に入れてあげてよ。俺は後で良い、この恰好じゃあんまりだろう? 服と、寝床も頼むよ」

「もちろんですよ。さあ、お嬢様こちらへ」

「え、あの? ルエナ!」

 置いていかれる不安にメルデリッタは眉を寄せ、困ったように助けを求める。

「いいから。疲れたでしょ? 上がったら寝て。細かいことは明日、俺も眠いし」

 困惑する背中をルエナに押され、「行っておいで」と言われてしまえばメルデリッタも大人しく従う他ない。いくら体力があろうとルエナも疲れているはず、せめて自宅ではゆっくり休ませてあげたいと思った。


 メルデリッタは女性を追いながら、控えめに声をかける。

「あの……」

「そんな緊張しなさんな。あたしは住み込みで働かせてもらってる、メイドみたいなもんだよ。イザベラってんだ。よろしく頼むね」

「私は魔女――ではなく! メルデリッタ・ミラ・ローズと申します」

 長年の癖が危うく出そうになるも、人の世で魔女は嫌われ者。ルエナのように信じてくれないかもしれない。ややこしくなるので魔女であったことは伏せておこうと決める。

「おや、礼儀正しい子だね。気に入ったよ。あたしは服を用意してくるから、ゆっくり入ってな」

 メルデリッタは案内された風呂場で服を脱ぐ。手にした服を明かりに掲げると酷く年季の入った有様だ。お気に入りなので、やはりショックは隠せない。

 蛇口を捻ると温かい湯が流れる。頭から全身にシャワーを浴び、汚れを洗い流せば心まで軽くなったようだ。猫足のバスタブに湯を張り、足を揉みほぐす。丸二日も酷使したのですっかり堅くなっていた。

「お嬢様ー、失礼しますよー」

 驚いて振り返れば、裾と袖をめくり上げたイザベラと目が合った。

「手伝いますよ。髪とか、大変でしょう?」

「も、申し訳ないですから!」

「いいから。はい、動かない。髪洗うよー」

 有無を言わさず両肩を押さえられた。前を向かされ、じっとしているように言われてしまう。イザベラはメルデリッタの髪に触れ、躊躇いもなく丁寧に洗い始めた。

「気持ち悪くは、ありませんか?」

 不安に駆られ、聞かずにいられなかった。老いて色が変わるならいい。何も可笑しいことはないけれど自分は違うのだから。

「そりゃあたしのセリフだろ。気持ち悪いところ、痒いところはないかい?」

「……白髪なんて、気持ち悪いですよね」

「何言ってんだい。ただの綺麗な髪じゃないか」

 本来なら誰の目にも晒したくない魔力剥奪の証、それが褒められていることに驚いては、なんだかくすぐったかった。

 優しく触れるイザベラの手、お湯の温かさに、しばしメルデリッタはまどろんでいた。次の言葉を聞くまでは……

「ところでお嬢様は、旦那様の恋人?」

 危うく滑って水面に突っ伏してしまうところだった。

「ど、どうしてそうなります! 違いますよ」

「どうしてって……。そりゃー、久しぶりに帰宅した旦那様。しかも可愛い女の子連れ。しっかり大切な人宣言。どう考えても、そう解釈するのが自然だろうに」

「そんな、私たちは……」

 はて、何と説明するべきか。

 メルデリッタは慎重に言葉を選ぶ。そうしているうちにもイザベラは自分たちを恋人同士だと誤解しているのだが、ルエナのためにも上手く誤解を解かなければならない。

「ほら、終わったよ。はい、タオルね」

 だが以上イザベラが追求することはなかった。もやもやした気持ちは拭えないが、とっさに上手い切り返しが出来るほど器用ではない。魔女だとボロが出ても困るだろう、しばらく余計な発言は謹もうとメルデリッタは気を引き締めた。

「娘の服で悪いけど、これに着替えておくれ」

「助かります」

 水気を拭い、渡された寝巻に袖を通す。同い年くらいなのだろうか、背丈も丁度良い。

「あたしと娘、それから気まぐれに帰ってくる旦那様の三人しかいないんだ。部屋は余ってるからね。この部屋を使っておくれ」

 言葉と同時に開け放たれたのは、二階の部屋だ。薄いカーテンが引かれ、壁際にはベッドと机。必要最低限の家具が並んでいる。

「何から何まで、ありがとうございます」

 メルデリッタが深々と頭を下げれば、イザベラは歯を見せて笑う。

「いいってことさ。また明日ね。お休み」

「おやすみなさい」

 ドアが閉まるとベッドへ歩み寄った。丁寧に整えられた寝具は甘い誘惑。野宿続きだった身としては、柔らかいベッドの感触は大変有り難い。

 よほど疲れていたのか、倒れ込むと意識を失っていた。

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