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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
プロローグはラプンツェルごっこ
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ラプンツェル? いいえ魔女です

 水をぶちまけられたことへの怒りはなかった。人がいるという事態に驚愕し、そんなことは大した問題ではないと言うべきか。

 驚きあらわに見つめ続けていると、少女は幽かに震えているようだ。毅然とした態度と台詞が嘘のように身を竦めている。まるで叱られる寸前の子どものようだ。

「ご……ごめんなさい! ルビー、やっぱり私、こんな残酷な真似無理よ!」

 少女が姿を消したかと思えば、すぐさまグレイスの元へタオルが降ってくる。

「本当に、ごめんなさい!」

 再度、少女は身を乗り出した。どうやら彼女が投げたものらしい。

「え、いや僕の方こそ、すまない。ラプンツェルごっこが気に障ったのだろう? 問答無用で水をぶっかけられるなんて、そうとう気分を悪くさせたようだ。本当に申し訳ない」

 頭も下げようとしたが、相手は頭上。誠意が伝わらない気もするので止めておく。

「いえ、あの、これには事情が――」

 言い募ろうとする言葉を遮るように、盛大なくしゃみが森に響いた。

「そんな、まさか風邪を引いて!?」

「いや、大丈夫。そんなヤワじゃないから」

 安心させようと告げるも、慌てふためく気配が下まで伝わっている。

 上では何やら葛藤もしているようで「でも――」「どうしよう――」などと、あれこれ呟きが聞こえた。

「私の過失――、責任は取るべき――ええ、決めた! ミラの名において命じる。風よ、彼を運んで」

 グレイスが正確に聞き取れたのは最後の一文だけだった。命じると宣言されただけに凛としていた。

 まるで声音に誘われたように周囲がざわめきだす。

 肌を撫でるのは止んでいたはずの風。だが森に入った時に感じた生暖かく嫌なものではない。突風でもなく、優しく包まれているような感覚だった。

 身を任せ浸っているうちに、なんとグレイスの身体は持ち上げられていた。

「うわっ! なっ、なんだ!」

 人間が浮くなんてあり得ない。突然のことに暴れるも、手足は空を切るばかり。地面から足が離れた後は早かった。窓まで浮かび上がると、あっさり塔の中へ招かれていたのだ。

「これは、いったい……」

 地に足がついても事態を呑み込めていないグレイスは固まっていた。

「使ってください!」

 だが少女に駆け寄られると、固まっていたはずのグレイスは条件反射で数歩身を引いてしまう。

「お、おい、今の! 君は、いったい……」

 手は剣の柄に触れていた。辛うじて抜き放たなかったのは、年下の女性相手だという遠慮か残っていたからだろう。けれどいつでも抜けるよう警戒を怠ってはいない。もっとも、剣で太刀打ちできるか不安は残る。

 無言の牽制を悟ったのか、少女はそれ以上近寄ろうとしなかった。そして左胸に手を当てると「誓って、あなたに危害を加えるつもりはありません。どうぞ、ご安心ください」などと男前な台詞を口にする。

 これは普通、男である自分が言うべきではないだろうか。グレイスはこけそうになる衝動に耐える。

「先ほどは申し訳ありませんでした。ミラの名において命じる。炎よ、どうか彼を温めて」

 少女は再度、手を翳し命じる。

 グレイスの足元が光を放ち、石畳の床から前触れもなく赤い炎が上がった。

「う、うわあああ!」

 炎は瞬く間にしてグレイスを包む。もがこうとも、纏わりついた炎から逃れることが出来ない。けれど冷静になれば、熱くはなかった。温かいだけなのだと気付いて、グレイスは動きを止める。

「私は誓いました。あなたに危害を加えるつもりはありません。風邪をひかせてしまっては、大変ですから」

 服どころか、髪まで乾いていた。

「さて、終わりましたが……。人は、ここを迷いの森と呼ぶのでしょう? 入ったら危ないわ」

「君は――」

「私? 私は大丈夫。どうせ、ここから出られませんから」

 何者かと聞くはずが、少女は自身の言葉への問いと解釈したようだ。けれどすぐに、グレイスが知りたかった内容も告げられる。

 裾の広がるドレスを摘み、少女は流れるように自然な動作で頭を下げた。

「……私は魔女、メルデリッタ・ミラ・ローズ」


 この世界には魔女がいる。

 硬直しそうになる頭で、ふいに浮かんだのは幼い頃の寝物語だ。


 かつて世界は魔女に滅ぼされた。魔女とは悪魔の血を引く女の総称。人と悪魔が交わり生れた存在。異能の力、すなわち魔力を受け継ぐ女だけの種。

 力強い者は祖先の容姿を色濃く映す、血を想わせる深紅の瞳。闇を纏う漆黒の髪は悪魔と同じ。獣の言葉を理解し、寿命は人の何倍よりも長く、魔法が生み出す現象は奇跡。

 

 ……そんな御伽話は跋扈している。そう、新しさのない、ありふれた物語。

 魔女は悪逆の限りを尽くし世界を滅ぼした。空想上の存在で、御伽話の悪役とくれば使命率トップ。

 それが目の前にいる?

 メルデリッタと名乗る少女は無邪気に優しく笑った。悪魔の容姿を受け継ぐとされる深紅の瞳は笑顔を携えている。塔の下までは届かないが、ドレスの裾ほどまである黒髪は見事な艶を放る。仕草は淑やかに、けれど年相応といった無邪気な印象も受ける。

 邪悪を冠した御伽話の魔女とは重ならない。魔女という存在もさることながら、この少女が悪の代名詞というのか。

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