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遠くまで来た

 塔を発ち数えること二日、日付が変わる直前のこと。

「はい、お疲れ」

 労うルエナの後に続いて顔を覗かせたメルデリッタは言葉を失う。焦がれてやまないものの一つ街、地平線まで続く壮大な光景に魅了されていた。夜なので灯りは少ないが、家の数は膨大で数えきれない。一際目を引く建物は西の国の象徴たる王宮だと説明され、この国を治める王が暮らしているらしい。どれ程の人間が暮らしているのか、メルデリッタには想像もつかなかった。

「私、こんなに遠くまで来られたのね」

 感慨深く胸が熱くなる。鏡で様子を映してみたり、動物の目を借りて見物させてもうこともある。けれど実際は鏡で見たより広大で、小さな枠にはとても収まりきらなかった。

 闇に浮かぶ街灯の明かりは幻想的だ。きっと太陽に照らされた姿も綺麗だおると、期待に胸が踊る。早くその姿が見てみたいと逸る気持ちが抑えきれない。

「嬉しそうだね。都会は初めて――なんて、聞くだけ野暮か」

「塔からは出られませんでしたが、外の様子は見ていましたよ。鏡や、鳥の目を借りて」

「はいはい、魔法ね」

「さては信じていませんね」

「ご想像にお任せするよ。それにしても、深夜に着いたのは好都合かもしれない」

 首を傾げるメルデリッタは「自分の格好見てみなよ」と促された。

「あ……」

 服はボロボロの泥だらけ。おまけに旅立った時にひざ丈まで切り裂いてしまったのだ。とても胸を張って人様の前に出られるとは言い難い。

「この状況で連れ歩いたら、俺が乱暴したみたいじゃないか。近所では人当たりの良いお兄さんで通ってるんだから、変な噂は困るよ。この国には二番目の家がある。そこへ行くよ」

「二番目、ですか?」

 家に番号があるのだろうか。

「職業柄、本宅やら隠れ家やら、色々持ってるの。はい、こっちね」

 月は高い位置で輝いている。もう寝静まる時間帯なのだろう。人目につかぬよう気を配るも、杞憂に終わるほどだ。


 連れられてきたのは住宅街の一角。等感覚に設置されている街灯のおかげで、不慣れなメルデリッタも転ぶことはない。

 ルエナが足を止めたのは高い柵に囲まれた家で、連なる家の中でも敷地は広く庭までついている。

 手慣れた仕草で門を開けたルエナは、さっさと歩いて行った。無言ながらも「ついて来い」と言われているな気がしてメルデリッタも後を追う。

 玄関までは距離があり、人が通るための道が整備されていた。芝生が敷き詰められた庭は、手入れが行きとどいている。何個か確認できた窓は、いずれも明かり消えている。

 ドアの前に辿り着いたルエナは鍵を出すのかと思いきや、懐を探った手に握られていたのは針金だ。メルデリッタはぎょっとして、その手が動く前に問いかける。

「あの、何をするのでしょう!」

 あくまで小声で問い詰める。

「鍵、持ち歩かない主義なんだよね。一軒ずつ持ち歩いてたら邪魔だしさ。だいたい全部これで開くし、自分の家だから別に問題ないよね」

 鍵穴に差し込むと、何やら引っ掻く音がぁ……。そういえば泥棒をしたことがあるとも言っていたような……。

「本当に、本当にルエナの家ですね? 間違いありませんよね!?」

 自宅ではなかった場合ただの犯罪なので何度も念押しする。鍵を開けるまでの間、妙な緊張感がメルデリッタの背を這い続けていた。

「もちろん――と、開いたよ。どうぞ」

 静かに扉を開けると、未だ複雑そうな顔のメルデリッタを招き入れようとする。

「あのさ、こんな夜中に大声出したりドアを叩いたら近所迷惑だろ。寝てたら起こすのも忍びないし」

 最小限に開けた隙間から滑り込み、メルデリッタもそれに倣った。

「誰だい!」

 扉を閉めると同時に鋭い声が響き、メルデリッタは大きく肩を震わせた。不法侵入の片棒を担いでいたら、本当に罪人になってしまうので洒落にならない。

 暗闇の中に一点明かりが灯る。階段を下りてきたのは寝巻姿の女性で四十歳位だろうか。

「ああ、起こして悪かったね。イザベラ」

 ルエナが声をかけると張り詰めていた緊張が和らぎ、女性はすぐさま駆け寄ってきた。

「まあまあ、旦那様! お帰りなさいませ。ちょっと、もう心臓に悪い帰宅ですこと。物取りかと思ったじゃないか」

 恥ずかしそうに、後ろ手に隠していたフライパンを振った。それで撃退するつもりだったか、勇ましい人である。

「深夜に起こすのも心苦しいだろ」

「ちょうど明かりを消したところでね。まだ起きていましたとも。それに旦那様のお帰りとあらば、いつ何時だって駆けつけますよ」

「それは心強いな」

「ところでー、旦那様。後ろのお嬢様はどちらさまで?」

 窺うようにイザベラはきり出した。主人の帰宅、見知らぬ少女連れが気になっていたようだ。

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