表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
旅立ちと呼ぶには不本意
18/63

二人の距離

 翌朝メルデリッタは、世間一般でまだ早いと表現される時間に目を覚ましていた。規則正しい生活を送っていたため、早起きの癖が染みついている。

 火は消えていた。凍えるような季節ではなく、夜通し焚き火の必要もないだろう。

 ルエナは片膝を立て、腕を組んでいる。首は少し前に傾いており、眠っているようで安堵する。

(よかった。ルエナもきちんと休めたのね)

 凝り固まった全身を解そうと身じろいで、肩に乗せられている布に気付いた。動いた拍子にズレたそれは、ルエナの着ていた外套だ。

(これ、ルエナが?)

 ルエナの持ち物だ、彼以外にはないだろう。けれど信じられなかったのは、どうして自分にかけられているのか。外套はメルデリッタの全身を覆う。まるで寒さから守るように――

(どうして? 私にかける意味がわからない。ルエナが寒くなってしまう、私なんて放っておけばいいのに……)

 メルデリッタの頬を風が撫でる。こうしているうちにも、ルエナが寒さを感じていないか不安になった。これは眠っている人間の方が必要としているはずだ。

 外套を抱きしめ、最大の注意を払い近寄る。起こさないよう緊張しているせいか、やけに向かい側までの距離が遠い。傍に居るのに遠い、そんな表現に寂しさが湧きあがった。自分自身でも子どもっぽいとわかっているのに、一度湧いた感情は消えてくれない。

 傍らに膝をつくと表情が覗く。

(当たり前だけど、眠っていると大人しいわ。ふてぶてしさが嘘みたい)

 静かに、優しく、そっとかけるだけ――

 そうイメージして実行したつもりが、何故かメルデリッタは地面に寝そべっていた。視界からルエナの姿が消えたと感じた時には、もう空を見上げていた。

「ごめん、メルだよね」

 静かな呟きが耳に入る。空を映していた視界にルエナが割入った。押し倒されたような状況に混乱しながら、メルデリッタは謝罪を口にする。

「あ、の……、ごめんなさい」

 起こしてしまった申し訳なさと、傍に寄り不快にさせてしまったことへ。

「いや、俺こそごめん……。不用意に近寄らないほうがいい。危ないから、怖かったでしょ。まあ、俺がメルを殺すことはないから安心してよ。えっと、背中とか頭、痛くない?」

 その声音は、どこか沈んでいるようにも聞こえる。気遣うように上から退き、メルデリッタは腕を引いて起こされた。

「大丈夫です。不用意に近付いたのは私ですから、ルエナは何も悪くありません」

 自信たっぷりな姿が嘘のように思えて、どうしたのと聞いてしまいそうだった。

(近寄らない方がいいなんて、そんなの寂しい……。だって私は、寂しかった)

 近寄るなと言われたことなんて数えきれない。言われる度に胸が痛んで、いつしか自分から遠ざけるようになっていた。触れない方が良いと自分から告げてきた。けれど心の奥底では、やはり胸が痛むのだ。

(もしかしてルエナも、寂しい……?)

 誰かに傍にいてほしいのに、触れてはいけないもどかしさは知っている。上手く言葉に出来る自信はないが、それでも伝えたかった。

「私、確かに驚いたけれど怖くありません。本当です。ルエナが私を殺すはずないもの! 信じていますから」

 彼も言ってくれた、恐れていないと。それがどれ程嬉しく心躍ったか、ルエナは知らないだろう。だから自分も伝えたいと思う。

「……うん、そうだね。て、何、もしかして俺は慰められてる?」

「そんな大それたこと私には出来ません。ただ私と同じような気が、あなたも寂しそうで――あ、いえ、出過ぎたことを! ごめんなさい」

 そんな偉業なことをしているつもりはない。ただ伝えなければという想いに突き動かされていた。

「はいはい、そんなに謝らなくても大丈夫だからねー」

 メルデリッタは軽く頭を小突かれた。痛いと目を閉じた隙に、ルエナは何食わぬ顔に戻っていた。そして不敵な笑みを浮かべる。

「メルが夜這いしたかった気持ちは分かったけど、そろそろ行こうか」

「夜這い?」

「あれ、そういうことじゃなかったの?」

「ち、違います! その、少しくらいは、距離が遠くて寂しいなとか思いましたけど。私は、あなたが風邪を引いてはいけないと!」

「ああ、それね。わざわざ返しに来てくれてありがとう。て、何その意外そうな顔」

 意外な物を目の前にしている、または信じられないといった表情だ。「あなたが、かけてくれたのよね?」と念まで押される始末。

「俺しかいないでしょう」

「そう、ですよね……。ありがとうございます。でもルエナが風邪を引いてしまいますから。寒かったでしょう? どうぞ、私のことはお気になさらず」

 「別に俺は寒くはなかったし、お気になさらずって……。あんな無防備に寝てる君がいけないのに」

 ルエナのために進言したはずが、不服そうだ。というより、呆れているような雰囲気を感じる。

「私に何か、問題がありましたか?」

 非があったとしたら、知っておきたい。次は不快にさせないよう、直すつもりだ。何しろ野宿は初めての経験で、勝手がわからない。

 けれどルエナははぐらかすばかりで、一向に教えようとはしなかった。

「わからないならいいよ。なんとなく、君が理解できるとも思えないし」

 この言い分には、メルデリッタも反論した。世間には疎いが、はなから無知のように扱われるのは納得いかない。

「馬鹿にされていますね、私。確かに外の知識は疎いですが!」

「違うよ、けして馬鹿にしようとしたわけじゃない。そういう意味じゃないんだ。ただ、純粋な女の子には分からないってだけ。ところでそれ、そんなに気に入ったの?」

 返すタイミングを逸した外套は未だ少女の腕の中。不毛な言い争いを終了させようと、あえてルエナは話題を逸らす。

 完全に不満が消え去っていないメルデリッタは、やや強めに押し付けていた。

「ありがとうございました!」

 語尾も強めになっている。

「気に入ったのなら、また貸すよ」

 茶化され、さらにメルデリッタの語尾は強まる。

「お気になさらず、です」

「じゃ、今度からは手を繋いであげようか? それとも添い寝希望? あ、子守唄とか付けてあげようか」

 そんなことをされてはたまらない。してやられた、見事にはぐらかされたと分かっていても、メルデリッタに会話を誘導できるほどの力はない。

「も、もういいです! わかりましたから!」

 本当に実行に移されそうな、妙な迫力があった。 

「そう? だったらこういう時はね、素直にありがとうって言えばいいの」

 負けたのはメルデリッタだ。そもそも勝ち負けなんてありはしないのだが、それでもこの負けたような気持ちはなんだろう。もやもやしたやるせない気持ちが残る。

 いつか打ち負かしてやりたいと、ひそかな野望を抱く――そんな賑やかな朝。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ