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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
旅立ちと呼ぶには不本意
17/63

野宿体験

 日が落ちると、川の傍に野宿することになった。

 川幅は広く、あまり深くはない。けれど巨大な岩に囲まれているせいか、水面まではやや距離がある。

 メルデリッタは大きな岩の上で崩れ落ちるように座り込んだ。さすがに今日はもう、一歩も歩ける気がしない。

「ふーん。頑張るもんだね」

「諦めは、悪いんです!」

 乱れた呼吸を整え脱力しているうちに、ルエナは火をおこしてしまう。魔法のように鮮やかな手口だった。

「あとは食事だね。適当に探してくるから休んでなよ。明日動けなくなられても困るし。大きな獣の気配はない、そう遠くまでは行かないからさ」

「でもルエナだって疲れているでしょう? 私も手伝います」

「あのさ、引きこもりとは基礎体力が違うの。あんなの疲れたうちに入らないよ。心配しなくても直ぐ戻る」

 もっともすぎて言い返せる要素がない。確かに足は痛く、全身は重りが乗ったように重い。

 反論を聞く予定はないようで、ルエナは木々の間に姿を消していた。


 メルデリッタは川べりに寄る。

 焚き火のおかげで水面という鏡が覗けた。見下ろすと、無表情で疲れ切った自分がいる。こんなに疲弊した顔は初めてかもしれない。そもそも、長く歩いたこと自体が初めてだ。

 一日中、足を酷使していた。とても疲れたけれど、それすらも喜びに変わっている。土を踏みしめる度に生きている実感がする、なんて大げさだろうか。

「さて、私は……」

 あまり役に立てる自信もないが、せめて火の番くらいは立派にこなしてみせようと思う。

 意気込むように立ち上がりドレスに付いた砂と誇りを叩いた。獣道を突き進んできただけあって服はボロボロだ。枝に引っ掛けたのか、破れた個所も多い。何度も躓き転びもしたので、払っただけでは落ちない泥も付着している。

 気を取られていると、背後の草むらが揺れた。驚き振り返ると真っ白な塊が姿を見せる。

「可愛い!」

 ぴくぴくと動く長い耳に、可愛らしい足取りの兎。来訪者はメルデリッタの前までやってくると、物言いたげに見上げてきた。

 いくらつぶらな瞳と見つめ合えど、メルデリッタには言葉を理解する術がなく悲しげにほほ笑むだけに終わる。

「何それ、夕食?」

 戻ったルエナは開口一番、とんでもないことを言ってのけた。左手には収穫したらしき果実と、右手には短刀が握られている。

「それで何をするつもりですか!」

 メルデリッタは蒼白になり、勢いよく両手を振って反対の姿勢を取った。

「それしまってください、早く!」

「なんだ」

 ルエナは残念そうに短刀を戻す。しかと見届けたメルデリッタは、すぐさま真剣な表情で兎に話しかけた。

「遊びに来てくれたの? でもね、このお兄さん危ないから、早く戻った方がいいわ。……ごめんなさい。私にはもう、あなたの言葉が理解できないの」

 心の底から真面目に告げていると、物言いたげな眼差しが突き刺さるのを感じる。

「何ですか、その人を憐れむような視線は。本当ですよ、魔女は動物の言葉が理解出来ます」

「……まあ、その話を信じることにして依頼を受けたのは俺だしね」

 問答をしているうちに兎は姿を消しており、メルデリッタは胸を下ろした。


 ルエナから差し出されたのは赤く熟れた果実。彼は黙って向かい側に腰を下ろし、齧りついている。礼を述べてからメルデリッタも果実を口にした。

 焚き火を挟んで無言の食事が続いた。

 赤い炎が静かに揺れている。まるでこの世界に二人だけしか存在していないような錯覚を抱きそうになる。木の燃える音が、かろうじて現実味を残してくれた。

 さっさと食べ終えたルエナは短剣の手入れを始めていた。そこでメルデリッタは、ふと疑問に浮かんだことを口にしてみる。

「ねえ、ルエナ。あなたの望みはなんでしょう。私に何を叶えて欲しいですか?」

「んー、なんで?」

 手元から視線は逸らさず、とりあえず返事はしてやるといった風だ。けれど無視されるよりは、ずっといい。

「ただの興味です。人間が何を望むのか気になりました。やはり私たち魔女とは望むものが違うのでしょうか。私の持つ知識では永遠の命、富等が定番のように思います。それで、あなたはどうなのかなと。命でしょうか? それとも富、名声? あ、国一番の美形という野望でしょうか」

 そこまで聞いてルエナは手を止め、二人の視線が重なる。

「とりあえず断言できる。最後のはない。俺、今でも十分いい男じゃない?」

「そうですね。あなたは、性格は少し意地悪ですが、顔は整っていると思います」

「はっきり言うね。一応、褒め言葉として受け取っておこうか」

 話は逸れたまま終り、結局ルエナが望みを口にすることはなかった。決めかねているのかもしれないとメルデリッタは解釈する。一生に一度の機会だ悩むのも仕方ないか、ならば深く追求するのはよそうと思う。時が来ればおのずとわかることなのだから。

 ――というのは建前で、それよりもメルデリッタは見上げた満天の星空に心を奪われてしまったのだ。

 どこまでも終りのない空、ずっと夢見てきたもの。

 低い場所で見ているからだろうか、いつもより遠くに感じる。肌に当たる風は同じなのに。ただ場所が違うだけで、何もかもが愛おしくて仕方がない。

 しかと目に焼き付けておきたいけれど、明日もある。

 やがて睡魔に勝てなくなった頃。火の番もルエナがかってくれたおかげでメルデリッタは安心して休むことができた。任せきりにして申し訳ないと告げれば、「これが俺の仕事だよ」と軽くあしらわれてしまったのだ。

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