道なき道を
辿る道はない。
先導するルエナが草を分け、メルデリッタはひたすらその背を追う。並び歩くことはない。歩幅が違えば体力も違うのだ。メルデリッタは決まって数歩後ろから追いかけていた。
気合いと根性だけで必死に食い下がっている。指摘されたように(不本意ながら)引き籠りの身。呼吸は上がりっぱなしで、非常に厳しい道のりだった。けれど置いていかれるわけにはいかず、踏みしめる足に緊張が走る。見失ったら最後、遭難死の可能性が高過ぎて身震いする。
(弱音なんて吐かない。ずっとそうしてきた。裁判とは少し状況が違うだけ。魔女、違った。元魔女だって、やってやれないことなんてないんだから。頑張るの、頑張れメルデリッタ!)
何度も何度も言い聞かせる。歩き始めてからずっと復唱していた。
メルデリッタの頑張りにはルエナも感心を示していた。とても箱入り(塔入り?)娘がついてこられる道のりではない。根性なんてもの、彼女とは無縁の言葉だと思っていたらしい。弱音を吐いたら、どう引きずって行こうと画策していたとか。
「意外と根性あるんだね。俺が素直に人を褒めるって、貴重だよ」
ちなみにルエナは何食わぬ顔で険しい山道を歩いていく。
「あなたに褒めてもらえると複雑ですが、やはり嬉しいものですね。それは、頑張りますよ。なにしろ置いて行かれたら、わきゃ!」
恥ずかしい悲鳴が上がってしまったのは、段差を越えるべく奮闘していたところ足を滑らせたためである。先に越えたルエナは上から声を掛けていたところだ。
もう一度とメルデリッタは挑戦を始める。そして再度失敗する姿を見かねてルエナが手を差し伸べた。というか普通、助けを求めるものではないだろうかと呆れ半分に。
「ほら」
「また握手ですか?」
メルデリッタは不思議そうに、覚えたての単語を使うが、もちろん掴まれという意味合で差し出しており、というかどう考えてもそういう構図だろう。
メルデリッタは、高い位置にある顔と、差し出された手を交互に見比べている。明らかに、どうしていいかわからないという表情だった。
「だから、掴まれってこと」
驚き。戸惑い。困惑。
様々な感情が押し寄せているメルデリッタに、今度はルエナが分からない。
「何、体重の心配? 難なく抱えられることは塔で証明済みだと思うけど――」
「違います!」
「じゃあ、何に遠慮してるのか知らないけど、君は立派な報酬で俺を雇った。素直に、甘えれば良いんだよ」
「でも……」
メルデリッタは言い淀み、胸の前で手を握りしめている。一向に伸ばそうとはしない。
「何、俺の手じゃ不満なわけ」
「とんでもないです! その、私が触れると……みなさん脅えたり、嫌悪するので」
「はあ?」
訳が分からず、ルエナは不機嫌を露わにした。
「だから! 私は腫れもの扱いなんです。大罪人に触れられるなんて、嫌でしょう」
みなまで言わせるなと、メルデリッタは半ばやけになっていた。思いだしたら悲しくなってきた。恐れずにこの手を取ってくれた人なんて、いない。動物か、悪魔だけだ。
「……つまり。俺が、君みたいな小娘に脅えると。見くびってる?」
何を言っても見降ろす視線は不機嫌にしかならず、メルデリッタはうろたえる一方だ。
「いえ、そんなつもりは!」
ルエナは「わかった?」と強引に念を押す。そうされるともう、手を握るという選択しかない。
観念して手を伸ばすと、軽々片腕で引き上げられた。攫われた時にも感じたが、細く見えるのに力強い。この細身のどこにそんな力があるのだろうか。
「ありがとう」
「雇い主だからね」
不意にチクリと、胸に走ったのは痛みだ。
(そうよ、優しいのは依頼人だから。勘違いしては駄目)
決してメルデリッタ個人に優しいわけではない。雇い主だから、極端にいえば嫌いな相手にも手を差しだす。ちょっと優しくされたからと、浮かれてはいけない。肝に銘じなければと己を戒めていたところ――
「いくら雇い主でも、嫌な奴に手を差し伸べるほど優しくないよ」
ど真ん中に的中する発言を受け、一瞬呆けてしまった。それほど分かり易かっただろうか、あっさり見透かされていた。
気恥ずかしさに染まった頬を隠すため顔を背ける。するとルエナは耐え切れず声を上げて笑い出した。
あまりにも楽しそうで、メルデリッタは笑うなと怒ることを忘れていた。




