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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
旅立ちと呼ぶには不本意
15/63

新しい人生が始まった日

 大きな転機となる夜が明けた。

 メルデリッタにとって、自由を手に迎える初めての朝。

 魔女としての生を奪われ絶望した。末来を諦めたはずだったのに、一変して新しい人生の始まりだ。

「外は、素晴らしいですね」

 枠に収まらない空は、どこまでも広く。その下にいるだけで、まるで生まれ変わったような心地になれる。

「そう? 俺にはありふれ過ぎていて、何の面白みもないよ」

「そんなことありません。こんなに美しくて眩しい。これを素晴らしいと言わず、何と表現するのです」

 メルデリッタは空を仰ぎ、ルエナはその姿を見ていた。見馴れた空よりも、当たり前の光景に感動している少女の方が珍しく、面白いと言う。

「なんていうか、光合成しているみたいだね。満足した?」

 放っておけば、メルデリッタはいつまでもそうしていそうな勢いがある。

「はい、ルエナさん!」

「ルエナでいいよ。あんた――いや、君は依頼人なんだから。さて目指すは西の国、知った土地だし案内させてもらうよ」

「それは異論ありませんが、どうしてそんなに嬉しそうなのでしょう?」

 そう、先ほどからルエナの声は明るく弾んでいた。

「そう? まあ、嬉しいに決まってるじゃない。こんなに難解な依頼、そうそうないし」

 難解なことの何が嬉しいのだろう。その感性には、いまひとつ同意できそうもなかった。 

「ちなみに、西の主都までは二日ってところかな。迷いの森は抜けたから、あとは楽勝だよね」

 さらりともたらされた発言にメルデリッタはまじまじとルエナを見つめる。どう見ても普通の人間なのに。

「……よく自力で抜け出せましたね」

「あんな森、大したことないよ」

 これまで数々の人間が遭難してきた森を、あんな森で一蹴とは頼もしい限りである。

 けれどそれを差し引いたとしても、女一人を担いで歩いたというのだから、真に恐ろしいのはルエナの体力だ。二十一歳は無邪気に笑っていた。笑うと少し子どもっぽくて、とても色々やっている人間とは思えなかった。

 するとルエナは唐突に「あっ」と声を上げた。

「君、十六年間引き籠りだったわけだよね? 細くて色白、見るからに体力なさそうなお嬢様キャラだし。三日、いや四日に訂正しとくよ」

 悪気はないと思いたい。親切心から来る忠告だと信じたい。

「確かに言葉は間違っていませんが、好きで引き籠っていたわけじゃありません! 体力に自信はありませんが……若いですから、そこは気合いと根性でついて行きます。行ってみせますとも」

 メルデリッタは細く色白と表現された腕で拳を握った。

「え? 君、若いの? その髪だし、てっきり――」

 恐らく続くのは失礼な発言だ。疑惑の視線を向けられメルデリッタは顔を赤くした。

「なっ!? あなた失礼です! この髪は魔力を失った影響で、元は黒髪で、私はれっきとした十六歳。本来なら青春真っ盛りな年頃なんですよ」

 プイと顔を背けたかと思えば年齢について力説したり、ふくれたては慌てたりとメルデリッタは一人で忙しくしていた。

「青春て……。君は時々面白いことを言うね」

「あなたは時々失礼ですね。ところで、何か刃物を持っていませんか?」

「俺のこと殺ろうってわけ? 言っとくけど負けないよ」

「違いますから! 邪魔な物を切りたいだけです」

 メルデリッタは鬱陶しそうに裾を摘まむ。歩き続けるなら動きやすい方が良いだろう。足元がブーツなのは不幸中の幸いだった。

「あいにく、これしかないよ」

 ルエナは腰元に収めていた短刀を差し出す。柄の部分を向けて渡してくれたのは優しさなのだろう。

「お借りします」

 慎重に手に持ち、足を覆い隠す長いドレスに切り込みを入れる。よく手入れされているのだろう、軽量なデザインだが刃物の切れ味は抜群だ。

 布が裂ける音は勿体ない気持ちに拍車をかけた。お気に入りのドレスだったのに残念だと気落ちしてしまう。

 邪魔な部分を取り払い終えると、その場で一回り。

「ちょっと奇抜ではあるけど、いんじゃない」

 邪魔だった過剰なフリルは取り払われ、大胆にも丈が短くなった。裾は不揃いだが仕方あるまい。その不揃いさが、白く伸びた足を引き立てていた。

 メルデリッタは白髪にも手を伸ばす。使い魔に任せきりにしていたので、髪を切るという行為は初めてだ。ドレスの時よりも身が引き締まる。

 流石に全部切ってしまうのはもったいなく、腰のあたりで切りそろえた――つもりだ。

 不揃いな白髪が地面に舞う。慣れない短刀使いで揃うどころではなかった。いずれはまた伸びるだろうと諦め、仕上げに服の切れ端でひと纏めにする。

「それじゃ、四日にならないうちに行くとしようか、メル」

 聞き慣れない呼び名に戸惑いを感じた。命名されたばかりで、まだ馴染みがない。

「ルエナ!」

 照れ隠しも含み、至近距離にしては大きなものになっていた。

「どうかした?」

「これだけは言っておきます。攫ってくれて、ありがとう!」

「まあ、仕事だからね。獲物からお礼を言われるなんて、初めてだよ。だいたい物言わなくなっている場合が多いから、変な気分」

 攫ってくれてありがとう、確かに変な物言いだ。でも事実、感謝しているので間違ってはいない。だから最後の部分には、聞こえないふりを貫くことにする。

 ルエナは右手を差し出した。メルデリッタは黙ってそれを見つめている。

「握手だよ。知らないの? 人間的契約成立の儀式みたいなものかな」

「あの、どうすれば?」

「素直に握り返せばいいんよ」

 恐る恐る、メルデリッタは腕を伸ばした。これが人間的契約成立の儀式ならば、それに習うしかないだろう。

 握り返せば温かさが伝う。一方的に押し付ける魔女の誓いとは違う、二人で作り出すものだった。人間は恐ろしいと聞かされてきたのに、とてもそんな風には思えない。

「人間は、素敵な種族ですね」

 辺境の地、夜明けの森に二つの影。これが二人の運命の始まりである。

 後悔なんてするはずがないと、根拠はなくてもメルデリッタは確信を抱いていた。

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