あなたを雇った日
「ミラの名にかけて、メルデリッタは命ある限り約束を違わぬと誓う」
薄桃色の瞳に不安の影はない。
「へえ、そんな顔も出来るんだ。でも、何のつもり?」
ルエナが不思議そうに問えば、つられてメルデリッタも不思議そうな顔をする。
「何って、誓いの儀式ですよ? 大切な我が名にかけて誓います。この鼓動が止まない限り、命ある限り、約束を守るという誓いを立てました」
そして、とメルデリッタは続けた。
「これは魔女にとって最上級の誓い。信用できないのなら、ここで殺せということです。どうせあなたが手を貸してくれなければ、私はじき死ぬ身でしょう。人がどうあれ、魔女は誠実な種族。そう教えられ、今日まで生きてきました。たとえ魔力を失おうと、心は立派な魔女であり続ける。だからお願いします。どうか私を助けてください」
緊張から、鼓動はますます速まっていた。この状態では相手にも筒抜けだろう。全て伝えた。けれど、まだ返答を聞いていないので手を離すことはできない。もしかしたら、ここで殺められる可能性もゼロではない。
(ああもう、早く終わって! もちろん生きていたいけれど……殺るなら一瞬にして!)
湧きあがる不安は尽きず、ルエナが薄く笑っているなど、気にしている余裕がなかった。
「俺は、あんたの望みが叶う手助けを。願いを叶えたあんたが、俺の望みを叶える。いいよ。暇だし、面白そうだから引き受けてあげる。依頼主の自称元魔女さん」
メルデリッタは押さえつけたままの手を取り喜んだ。
「よかった! ありがとうございます」
そしてすぐ我に返り、おずおずと手を離す。人間相手に、なんと大胆なことをしているのか。これから共に歩むにつれて、不快にさせていなければ良い。
深く追求されぬうちに話を逸らしてしまおうと、メルデリッタは咳払いする。
「で、そろそろ自称元魔女って止めませんか? なんだか、ものすごく馬鹿にされているような気がしてならないです」
「だって、いきなり私は元魔女ですとか言われても、素直に信じる人間の方が希少だよ」
「でも、引き受けてれたということは、信じてくださったのですよね?」
「さあ、どうだろう。とりあえず、信じておくことにするって感じかな。自称元魔女さん」
メルデリッタは悟り、脱力した。
(この人、絶対にわざと連呼してる!)
だがこの先も自称元魔女呼びは遠慮したいので食い下がる。
「お願いですから、名前で呼んでください! 私は魔女……不本意ながら元魔女、メルデリッタ・ミラ・ローズです!」
わざわざ元魔女と言い直すあたりメルデリッタは律義だ。それに対してルエナの反応は素直に酷かった。
「うわー、長くて面倒くさい名前。魔女って、皆そうなの?」
いきなり名前が長いとか文句をつけられても困る。
「あのですね。魔女にとって名は特別なんです。祖の一部を受け継いだ由緒正しき栄誉なんですよ! 私にとってミラという名は誇りも同じ。それを」
「面倒だし、メルでいいか」
たった二文字の愛称。
これまでメルデリッタが呼ばれた名称といえば、良くて主様。それ以外では大罪人やら大罪の魔女だとか、アレとか、穢れた魂など、受け入れがたいものばかり。
それに比べれば面倒だからなんて理由は可愛いもの、かもしれない。これまで感じたような虚しさや、嫌な気持ちが湧きおこらない。その二文字に気恥ずかしささえ湧きあがる。ただルエナに対して、ちょっと失礼な人と思うくらい。
「初めてです。そんな風に呼ぶ人」
ちょっと嬉しいです――
そこまでは悔しいので言ってやらないが、先ほどからの散々な言われようには目をつぶろう。
するとルエナは、改めてというように依頼人であるメルデリッタに向き直った。
「俺はルエナ、ってもう言ったか。よろしくね、ご主人さま。ちなみに歳は二十一だよ。ただ本当、何者かという問いは、一言にまとめるのが難しいんだ。色々やってる何でも屋、かな」
「い、いろいろって、なんでしょう?」
雇い主となるからには聞き捨てならない。恐怖心より好奇心が勝ってしまったが、数秒後には聞かなければよかったと後悔させられた。
「基本的に面白そうな仕事ならなんでも? 門番とか護衛とか、泥棒とか。誰かさんの指摘で人攫いも増えたよね。あ、あと暗殺もやってるかな」
「不審者どころか犯罪者!」
知らない方が幸せだったのかもしれない。もしかしなくても、とても恐ろしい人間に依頼してしまったのではないだろうか。早くも不安が押し寄せる。
「大丈夫。君は依頼人、安心しているといいよ」
しかし恐ろしい反面、これはポジティブに考えれば頼もしい……はずだ。さすがにいきなり依頼人へ危害を加えたりはしないだろう、多分。そうルエナ本人も言っていることだし。




