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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
旅立ちと呼ぶには不本意
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これからの事

 ならば他人の力を借りるしかないだろう。それがメルデリッタの結論だ。

「西の国には、生ける伝説の魔女がいるそうです」

「何それ?」

「彼女は最古の魔女と呼ばれ、魔女界の英雄的存在。長く生きていることから高い権限を持ち、かつて世界を救ったことから尊敬の念も集めています。彼女の力を借りましょう」

「貸してくれるの?」

 そんな英雄が、あくまで罪人よりだった女に力をかすとは考え難いのだろう。それはメルデリッタも同じだった。

「分かりません。それでも、僅かな希望に縋るしか手がありません。お会いしたことはありませんが、逆に裁判への関与が薄いとも考えられます」

 現在、裁判の頂点に立つは年配の魔女が一人。入れ替わり立ち変わり傍聴する魔女たちの中に、その魔女は一度たりとも姿を見せなかったと聞いている。

 各地から多くの魔女が集まったあの日――審判の日でさえ彼女は現れなかった。最古の魔女ともあろう英雄が、だ。ここまでくれば、もはや関心がないとしか思えない。

「私のプランはこうです。彼女を見方にし、判決を覆す。無罪を勝ち取るのです! あわよくば、魔女に戻る方法をご存じかもしれません」

 ちょっと都合が良過ぎる解釈なのだが、メルデリッタに浮かぶ最善はこれが精一杯。現実思考そうな依頼相手がどう出るかは読めない。

 ルエナは口元に手を添え、しばし考え込んでいる。

「まずは理解と協力を得るわけか、打てる策としては、まあ上々か。さて、仮に自称元魔女さんの話が本当だったとして。あんたに俺を満足させられる報酬が用意できるのかな?」

 なんとか計画には賛同してもらえたようだ。交渉の余地はあると検討してもらえたのは幸いである。にしても、またも非常に痛いところを的確に突かれた。

「報酬、要るんですね」

「当然、だって報酬は大切でしょう。タダ働きなんてごめんだよ。けどあんた、何も持ってなさそうだよね。ああ! 女なんだし、定番に身体で払うとか言ってみる?」

 明らかに馬鹿にされているとしても、腹を立てられるはずがない。唇を引き結んで耐える。何より屈辱なのは言い返せないことで、視線は自然と下に向いてしまう。

 ルエナは追いつめるように距離を縮めてくる。身を引くと、メルデリッタは木を背にして腕で囲い込まれていた。

(そう、私には何もない)

 何も持たない自分が歯がゆい。唯一の取り柄も奪われ、ただの人間の女になった。本当にもう……もう、この体くらいしか――

(……ん? 体?)

 冷えた手の平が、面白そうにメルデリッタの頬をなぞる。

「さあて、どうする?」

 冷たい指先が頬を行き来していると、メルデリッタは勢いよく顔を上げた。

「それ、名案です!」

「随分威勢がいいけど、本当に意味わかってる?」

 手放しで名案と宣言出来るものではないはずだと、威勢の良さに怪訝な顔で問い返された。

「もちろんです。何も持たない私の唯一、あるのはこの体。ですから、あなたが私の望みを叶えてくれた時、私があなたの望みを叶えます。どうです名案でしょう!」

 最高の提案をしたとメルデリッタは嬉々とする。だがメルデリッタの瞳が輝けば輝くほど、ルエナの疑問符は増していくようだった。

「いや、意味わからないんだけど」

「簡単なことです。依頼の成功、それは私が魔女に戻れるということ。つまり魔法が使えます。魔女の私が、あなたの望みを叶えましょう! ということです」

 やがてルエナの唇が緩く弧を描いていく。ならばもうひと押しだとメルデリッタはさらに言い募る。

「自分で言うのもなんですが、私の魔力は凄いですよー。力が戻れば、人間を不老不死にすることも可能ですし、永遠の命、莫大なる富、国一番の美形にだって生まれ変われるでしょう。あ、ただし世界を滅ぼすのはなしですからね!」

 それを願われたら本当に、心身共に大罪の魔女だ。それ以外なら何なりとと申し出る。

「もちろん、あなたが望むならですが」

 挑発され続けて触発されたのか、メルデリッタの口調も自信を帯び始めていた。さあ、どうすると目で訴える。

「魔女が直々に俺の願いを、ね。それは素敵で魅力的な報酬だよ。けど残念。俺、仕事は前払い主義なんだ。理由は簡単。仕事をしくじるつもりはないし、人間はすぐ裏切るもの。あんたが約束を違わないと証明できる? そもそも自称元魔女だし」

「嘘ではありません!」

 罵られ、蔑まれ、決して誰も自分を信じない。そんな長年の光景が蘇る。

 一族の憎悪を一身に背負わされた。嘘つきな子――遠くで誰かが糾弾する幻聴まで聞こえる。

 メルデリッタ落ち着くように息を吸う。ただの幻聴、気のせいだ。嘘なんてつかない、ずっとそうして生きてきたのだから。

「かつて私が出会った人間は信じてくれました」

「それは随分とお人好しな人間だね」

 魔法を見せれば簡単に示すことができるのに、これはそれを取り戻すための依頼。仕方なくメルデリッタは最後の切り札を使おうと思う。

「不快にさせて申し訳ありませんが、少し我慢してください」

 ルエナの右手を両手で包み、導いた先は己の左胸。そこに押し当てれば、緊張のせいか鼓動は落ち着きがない。

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