決意を胸に
誤字訂正のみです!申し訳ありませんでした。
「本当ですか!」
頭を下げていたメルデリッタが顔を上げると、ルエナは笑顔を向けていた。
「うん。俺を雇いなよ」
「雇う?」
真っ先に連想したのは魔女と使い魔の契約だった。
「今、一仕事終えたから仕事募集中なんだ」
その一仕事はメルデリッタを攫うことで終えたわけで、本人としては複雑な心境である。
「……幸か不幸か微妙ですが、わかりました。幸いだと自分に言い聞かせることにして、あなたを雇いましょう」
ルエナはそっけなく「へえ」と漏らした。
「いや、まあ。とりあえず雇えとは言ったけどね。俺は何をすればいいのかな。お嬢さんは、お家に帰りたいの?」
皮肉るように持ちかけられ癇に障る。あそこが帰りたい家であるわけがないと、それを望むはずがないと確信した上で言っているのだ。
(落ち着いてメルデリッタ。これから口にする言葉が、私の人生を左右する)
大罪の魔女を閉じ込めるため、塔に掛けられた魔法は熟知している。幾重もの結界が張られているが、どれも対魔女用。人間が侵入することは想定外で穴だらけ、というより想定などされていない。だから容易く外へ出られた。過剰な防衛で魔女たちは安堵しているが、かつてのメルデリッタにかかれば突破は硝子を割るように容易だったけれど。
魔女が外へ出れば監視者に通達がいく仕組みである。人間のメルデリッタが塔から出たからとしても、直ぐに露見することはないだろう。せいぜい数カ月先か、数年先か。誰かが様子を窺うまで猶予はあるはずだ。
(今すぐ戻れば、まだバレていないはず。近寄りたくないと、基本放置なのだから。そうよ、戻れば私は良い子のままでいられる。まだ取り返しはつく。ここで望めば、塔まで連れて行ってくれるのよね)
事の次第は攫われた成り行き、メルデリッタは被害者だ。けれど、もぬけの塔を見て連想するのは逃亡だろう。このままでは確実に逃亡者になってしまう。
(でも、本当にそれでいい? 誰も私を信じてくれなかった。戻ったら、一生塔生活かもしれない……)
葛藤に揺れるメルデリッタの背を押したのは、目の前で欠伸をしている男だった。一世一代の決意中に、また欠伸……どこまでも自由で恨めしい。
(本当、自由な人。勝手に入ってきては、勝手に攫うし。言いたい放題言ってくれて、人の気も知らないで欠伸。なんていうか、本当に自由……)
この自由な人間が羨ましいと思った。こんな風に生きたいと、湧きあがるのは羨望なのだろう。
メルデリッタは掌を握りしめる。どんなに蓋をしようとしても溢れだして止まない欲。外の世界に触れ、初めて手にした自由を失いたくないと思ってしまった。
こんなチャンス、最初で最後。
これから望むことは悪いこと――罪の自覚は、ちゃんと胸に掬っていた。
「実は私、これでも魔女なんです」
ルエナの眠たそうな目が驚愕に見開かれる。次いで大きなため息を吐かれた。
「あははは、俺が言えることは一つ。あんた、頭大丈夫?」
乾いた笑いだった。さらに心配そうな眼差しまで向けられる。
「はい、大丈夫ですよ。痛くはないので、打っていないはずです」
「いや、皮肉なんだけどね」
メルデリッタは知らなかった。人の世において魔女はあくまで伝説上の生き物、本当に魔女がいると信じている者はいない。もし仮にそんな人間がいれば「現実を見なさい。かわいそうに」そう遠巻きに痛い目で見られること間違いなしという現実を。
ルエナは前記のような人間ではない。まあ、依頼相手(仮)だ。一応、最後まで聞いてやるのがプロ根性だと思い直す、ことにする。と自分に言い聞かせていた。
「正確には元ですけど。魔女裁判により魔力を剥奪され、今はただの人間ですが、これでも立派な元魔女!」
『元』に立派があるのか疑問はあるけれど。
「あんた、罪人なの?」
裁判にかけられるのは罪を犯した者。たとえ魔女という単語が上に付こうが裁判と銘打つからには裁かれるのは罪人である――はずだ。だがメルデリッタは声を荒げて反論する。
「違います! 私は何もしていません。これからだって何もするつもりはなかった。それなのに十六年間不当拘束され、裁判にかけられ、挙句の果てに冤罪で魔力を剥奪されたのです」
自身の身におこった不幸な境遇を矢継ぎ早にまとめる。
「なるほど、それで?」
早く続きをとルエナはさして興味のなさそうな声で促す。
「私は魔女に戻りたい!」
メルデリッタは言葉を噛みしめるように告げる。それは心の底からの望む想い。
「魔力剥奪など、不当にもほどがあります! 何としても魔力を取り戻し、魔女に戻ってみせましょうとも」
「どうやって?」
……問題はそこだ。
いくらメルデリッタが強大な力を持つ魔女だったとしても、魔力を取り戻す方法や、明確な術式までは知識として得ていない。そもそも術式を取り行える魔力がないわけで、堂々巡りのない物ねだりである。