王子様のラプンツェル
誤字訂正致しました。申し訳ありませんでした。
数ある作品の中からこのページを開いてくださり、ありがとうございます。
まずは心からの感謝を告げさせてください。
多少なりとも、あなた様の時間つぶしのお役に立てたとしたら、私はこの上なく幸いです。
高い、高い塔の上。
囚われていたのは長い髪のお姫様――ではなく、魔女でした。
生暖かい風が吹き抜けた。見渡す限り、薄暗い森が延々と続いている。
ここは西の国の外れ、迷いの森。もしくは帰らずの森、または魔女の森。呼び名は多数存在するが、好きな名で呼ぶと良い。意味合いとしてはどれも同義。ようするに、入ったら最後生きて戻るのは難しいということだ。
そんな恐怖の森に足を踏み入れた若者が、さっそく遭難していた。
「あんの、くそジジイども!」
金髪に青い瞳が映えている。そう、些か口は悪いが、鬼の形相を除けば顔立ちは整っていた。
白を基調とした衣装は品が良く、彼のために仕立てられたと言っても過言ではないだろう。瞳の色と揃いの羽織りには金のボタンが輝いている。腰に帯びた剣は、金の鞘に彩られた宝剣。そう、彼は……
「僕は西の国の王子だぞ!」
西の国の王子グレイスが何故、森で遭難の危機に瀕しているのかといえば……
「暗殺する度胸がないからって、迷いの森に置き去るか? 十分いい度胸してんじゃねえか! 王子が死んだら実権握り放題だからな。何が視察だ。何が、真に王家の加護ある者ならば迷いの森など余裕で生還出来ましょう、だ? できるかアホ! これ、ただのイジメだろ。てか、イジメで済むか死ぬぞ! あいつら半笑いで去っていきやがって」
叫べば叫ぶほど愚痴は尽きない。日ごろの鬱憤を叫び倒すのは実に爽快だが、体力は尽きそうだ。
「迷った? これ完全に迷った?」
腰に刺した剣で草を刈る。自慢の剣が草刈りに使われるなんて、ご先祖が知ったら泣いて祟られるかもしれない。少々やるせない気持ちを抱え、また再開するのだった。
遭難してどれくらい経ったか。飲まず食わず、力尽きる寸前だ。おまけに霧まで。
「もう泣きたい……ん?」
微かに空気を震わせたのは、音。
『今日も――らず塔の――』
耳に神経を集中させ立ち止まる。
「あっち、か?」
幻聴ではなさそうだ。人の気配があるならば、助かる可能性もある。
次第に鮮明になる音の正体はピアノ、それに交る女の歌声。視界の悪さに足を取られながらも、近づいてはいるだろう。
『今日も変わらず塔の上~誰よりも空の近くで 誰よりも独り孤独なの
鍵の無い檻 無慈悲なまま 鳥に焦がれて時は過ぎるだけ ああ~今日も私は塔の中~』
現前に広がる大きな茂みをかき分けた。
「眩しっ!」
開けた視界に現れたのは高い、高い塔。その空間だけは霧が晴れ、太陽の光に溢れている。切って張り付けたように、異様な雰囲気だ。巨大な石造りの塔は、およそ森に似つかわしくない。塔を囲むように陣取る動物たちは、まるで歌に聴き惚れているようだ。
邪魔をしてはいけない心持になり、グレイスもしばし聞き入っていた。
やがて音は途切れ。茂みから乗り出すと、気配に気づいた動物たちは一斉に散っていく。
「なんだったんだ?」
警戒しながら塔に近付く。石の壁に触れると、想像通りの堅く冷たい感触が伝わる。何度か叩いたり、撫でてみたり。四角い造りに沿って一回りしてみたが、特にこれといって不審な点は見つからない。それどころか、出入り口すらも見当たらない。
グレイスは見上げた。塔は、軽々と木の高さを追いぬいている。そこに大きな出窓が確認できた。
これではまるで御伽話。両親の犯した罪。魔女に攫われ、塔に幽閉された不運の少女――ラプンツェルの一場面を連想してしまう。
この塔には囚われの姫君でもいるのだろうか?
「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の髪を下ろしておくれ」
思い切ってお決まりのフレーズを述べていた。王子だし、別に問題もないような気持ちに後押しされて。
風に揺られる葉の音が、やけに鮮明だ。何の反応もない、文句なしの沈黙。
「はは、何してるんだか。現実逃避に走るなんて」
ラプンツェルごっこを終え、満足していたグレイスの元に大雨が降ったのは直後。
「うわっ! なっ!」
正確には雨なんて生易しいものではなく、大量の水が一気に降り注いだ。
頭上から靴まで、濡れ鼠となった全身を眺め唖然とすること、しばし。グレイスは濡れ滴る髪をかき上げる。
「黙れ、人間風情が!」
怒号が降った。それは、未だかつてグレイスが耳にしたことのない類の罵倒。
驚いて出窓を仰げば、少女が身を乗り出しており、その手にはバケツがあった。
「我が名はラプンツェルではない。ふん、汚物にまみれた水でないだけ有り難く思え。今一度ふざけたことをぬかしてみろ、末代まで呪い倒すぞ!」
黒髪が少女の肩を伝い垂れ下がる。地面までは届かないにしろ、かなり長く、まるで糸のようだ。
グレイスは眩しさに目を細めた。少女の頭上では太陽が輝いている。逆行補正の効果も相まってか、まるで天の使いと錯覚させるほど神々しく見えていた。
「君は、いったい……誰だ?」