街路樹
手を繋いでいるとね、相手の心が透けて見えてくるのよ。
久しぶりに会った従姉の沙織ちゃんは私にそう言った。
恋愛下手な沙織ちゃんの事だから、また彼氏とうまくいかなかったんだろうと安易に想像できた。
顔は格別可愛いくせに、恋愛はまるで初恋のようで不器用すぎて目も当てられない。
でも、本当だね、沙織ちゃん。
私にも見えるよ。こんなにも残酷に、ありありと伝わってくるよ。
「あのさ、隆司」
ソプラノボイスの私の、いつもと違う低い声に隆司は繋いでいた手を反射で離した。
その温もりとともに離れていく手を見つめて、私は寂しさが増すのを感じた。そして気がつけば自分の手をもう片方の手で握りしめていた。その掌の温もりが隆司と異なっていて、それもまた寂しさを深める理由になった。
「どうしたの、穂奈美」
私の様子が普段と違う事を悟ったのか、隆司は私の顔をそっと覗きこむ。
「別れたい、別れよう」
突然の言葉に隆司は目を見開いた。その表情は、驚きとともに申し訳なさを含む顔だった。
「そんな顔しなくてもいいから、もう、充分」
冷たい風から守る温かさを失った掌に手袋をはめて、キラキラ光る街路樹に沿って歩きだした。
隆司には好きな人がいる。
気づかないほど私も鈍くはなかった。
彼女を呼ぶ、心底愛おしそうな声。
彼を縛るものが私だと、ずっと前からわかっていた。
足枷であり、手錠であり、鎖でしかなかったんだと思うと、もう別れを切り出すより他はなかった。
それでも私は隆司のそばにいたかった。
言いだせなかった別れの言葉を、ようやく今日、絞り出すことができたのである。
「穂奈美」
「穂奈美ごめんな」
「ごめんな、本当にごめん」
そんな声が頭の中でなんども行き来しては抜け出せずに駆け巡る。
それをかき消すように、私はひたすら歩いた。
イルミネーションで光る12月の寒空の下を、足音を立てて黙々と。
「好きだ穂奈美」
そう言ってくれたのは隆司の優しさ。
それに気付かないほど私だって鈍くない。
でも、気がついた後もずっと気づかないふりをしていたのは事実だったから、私は隆司の優しさを利用していたことになる。
「ずるいな、私」
それは声にならずに、白い息となって消えていった。
にじむ涙に気づかないほど私だって鈍くない。
気がつかないふりはもうやめよう。熱を帯びた雫がつらつらと、マフラーの青を群青に染める。
好きだった。
隆司が好きだった。
笑った顔が好きだった。
驚いた顔が好きだった。
似合わない真剣な顔が好きだった。
私の名を呼ぶ声が好きだった。
走る姿が好きだった。
必死になる姿が好きだった。
大好き。
本当に、大好き。大好き。
思えば思うほど、胸の奥底で悲鳴を上げる誰かがいて、
「もうやめて、もうやめて」と叫んでいる。
顔をしかめて心臓を押さえつけると、幾分かましになったけれど。
街角でギターを抱えて歌う男の人が、寒そうに目をつむった。
その歌を聞いていると、歌詞のフレーズ一つ一つがずるいくらいに私を包み込んだ。
泣き叫んでいるのは彼もいっしょだった。
「一人?」
歌い終わった彼は私にそう言った。
「うん、これからは一人」
涙つらつら流しながら、私はにっこりとほほ笑んだ。
街路樹のイルミネーションは変わらない光を延々と放っていた。
END