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光の砂漠 闇の迷宮  作者: 立花招夏
第一章 闇の迷宮
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第四話

 人が倒れていた。ズタボロの服を着た少年だ。

 彼の手の先でオロオロとうろつき回る変な緑色の生き物。奥の小部屋にはガラスのような破片が床一面に散らばって、まるで宝石のように光を乱反射していた。


 カナメは奥の小部屋の入り口で呆然と立ち尽くす。

 壊れている。粉々に……。

「おい、カナメ、緊急用のインターホンを使うぞ。公安に連絡しよう。殺人鬼には見えないが……」

 イブキがインターホンのボタンを押そうとした時、コブが小さい悲鳴を上げた。

「こいつ、刺しよったっ」

 見れば、緑色の生き物がコブに向かってトゲのようなものを発射したところだ。

「こら! まて!」

 コブがその生き物を捕まえようと手を伸ばして、届くか届かないかの刹那、倒れていた少年の指先から光がほとばしり出た。白っぽい霧のような光がその緑色の生き物を包み込む。光を纏ったそれは、次の瞬間、薄い透明な翅を得て空中へ舞い上がった。

「森の民だ!」

 カナメが呆然と、イブキが驚愕して、コブが恐怖に引きつって、同時に叫んだ。イブキはインターホンを押す手を止めて少年に歩み寄る。カナメは少年の呼吸を確認した。

「生きてる」

「生きた森の民か……」

 コブは言葉もないまま、じりじり後ずさった。

「じゃあ、この生き物は植物? まさか……アイリスの……」

 パタパタとうるさく目の前を飛びまわる生き物を、カナメは信じられない気持で見つめた。

 枯れかけていた。それは分かっていた。イブキが後数年はもつと保証して封印してくれたカクタス。アイリスの形見。見るたびに黒ずんで、見るたびに溜息をついていたのだ。

 それが、飛び回っている。奥の小部屋の破片は封印が解けた為だった訳だ。

「生きた森の民を見るのは、久しぶりだ」

 イブキが呆然として言った。

「……そうだね」

 カナメが同意する。

「どうする? これ……」

 カナメは困惑してイブキを見上げる。

「どうするって……」

 イブキは難しい顔で見下ろした。

「公安に知らせたら罰せられるだろうか。フォボス行きかな……」

 フォボスと聞いてイブキは顔を歪める。

「エリアE関連の研究施設から逃げ出したのならば、そこまでの罰は課されないだろう。捕まって怒られるくらいじゃないのか?」

 イブキも自信なさげだ。

「もし地上から来たんだとしたら?」

 二人は顔を見合わせる。

 こうしようと提案したのはイブキだった。

 まず本人に確認して、研究施設から逃げてきたことが分かれば公安に知らせる。もし、地上から逃げてきたのであれば公安には知らせない。

 これは又とないチャンスかもしれない。イブキは続けた。生きた森の民を分解再生したことがない。森の民は厳重に保護されている。それは今までに、森の民の遺体をその力を損なうことなく再生したことがないからだった。

「でも、どこに置いとくんだよ」

 カナメは顔を眉間にしわを寄せる。

「ここはお前の部屋だ。所有権はお前にある」

 イブキはカナメの両肩をがっちりとつかんだ。

「所有権って……」

「これは落し物なんだ。そう思うといい」

「んな無茶な……」

 カナメは顔をひきつらせた。

 呆然とするカナメには構わず、イブキは少年の観察を始める。自分で切ったのかと疑うほど乱れたショートカットの栗色の髪、森の民特有の色素の濃い褐色の肌、少年にしては華奢過ぎる細い手足。苦しげに閉じられた目の下の隈がいかにも病的で、全体的に憐れな様子だ。

「それにしても薄汚れてるな。まずは綺麗にしないとな」

 イブキは少年の頬をペチペチと叩いた。

「おい少年。起きろ。おおい」

 ゆすったり、たたいたりしてみるが、うんともすんとも返事はない。

「しょうがないなぁ」

 イブキは溜息をつくとシャワールームをオートに切り替えた。次いでカナメに呼びかける。

「おおい、その少年の服をむいて連れてきてくれ」

「なんで僕がこんなことしなきゃならないんだか……」

 ブツブツ言いながら服を脱がしていたカナメの手が、はたと止まる。

「イブキっ! これ女の子だぞっ」

「なに?」

 イブキがシャワールームから驚いた顔をピョコンと出す。

「僕はパスするよ。女の子の服脱がすのはイブキの専門だ」

「なんで俺が専門なんだよ。お前は男専門なのかよっ。女ったって、子供なんだから平気だろ。おお! そうだ。子供ならコブが専門だ。なんたって三児の父、十三児の祖父、えっと……何人の曽祖父だっけ?」

 遥か彼方で、ことの経緯を見守っていたコブはブンブンと首を横に振った。

 ファームの民は大抵、森の民に触れることを極端に恐れる。それは植物同様、その体内に葉緑体を持つからなのだが、それは、植物を操れるならばファームの民も操れるに違いないという思い込みに過ぎない。

「森の民に触るなんて、とんでもねぇ。おりゃあごめんだ」

 青くなって固まっているコブに、イブキは無言でゴム手袋を手渡した。

「こげなんでシールドできるんか?」

 コブは涙目で問い返す。

「大丈夫だ。それに相手は気を失っている。力は使えまい」

 イブキは無責任に言い切ったが、ついさっきカナメの植物が目の前で飛べるようになったことを、コブは動転していてすっかり忘れていた。カナメに至っては全くの無視で、さっさと奥の小部屋の散乱した樹脂を片づけだしている。

 コブは溜息をつくと少年、否、少女をシャワールームへと運び込んだ。


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