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光の砂漠 闇の迷宮  作者: 立花招夏
第一章 闇の迷宮
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第三話


 エリアEは、地上の三分の一の光度に保たれている植物育成ゾーンだ。広さは、中枢機関があるエリアAの約三十倍、地下都市随一の広さを誇る。地上の三分の一の光度とはいえ、通常の生活エリアに比べると格段に明るい。重いドアを開けた途端、目が眩むような光に圧倒されてカナメは踏鞴たたらをふんだ。

 サングラスを掛けてさえこれだ。直視すれば視神経をやられるに違いない。なんて様だ。


 エリアEの管理棟まではトラムで移動する。いつものことながら、ここは酸素濃度が高い。植物たちの清冽な香り、緑陰で蠢く小さな生き物たちの息づかい、濃密な土の匂い……。どれもが少しだけカナメを落ち着かせ、浄化してくれる。

「よう、カナメ無事再生したんだってな。ずいぶん若返ったじゃないか。じじぃのお前を見慣れてたから、一瞬分からなかったぞ」

 同じく遮光用グラスを掛けた背の高い男が、発車間近のトラムに乗車してきた。カナメの幼馴染、イブキ・ピラミダリスは、カナメに近寄るなり拳を突き出した。カナメもニッと笑うと拳を突き出して応じる。


 再生治療を繰り返し、長い年月を生きてきたカナメと同様に、彼もまた長い人生を背負っている。カナメにとってイブキは、長い時間を共に過ごしてきた親友であり悪友だった。イブキとカナメは同じ年だったが、イブキは既に五年前、八度目の再生をしていたので、今では再生したてのカナメよりも見かけ上少し歳上だ。八度目の再生後にしては色素がしっかり定着していて、未だに褐色の髪を維持している。さすがに目の色素はかなり抜けているので遮光用グラスは欠かせないようだが。


「イブキ、なんでおまえがここにいるんだ?」

 カナメは思わず緩んでしまった顔を引き締め、しかめっ面で迷惑そうに問う。

 昔からそうなのだが、イブキの前では何故だか素直になりにくい。遠い昔、まだ二人が学生だった頃、優等生で通したイブキに対して、カナメは常に問題児だった。その名残で、未だに彼がいると問題児らしく振舞ってしまうのかもしれないとカナメは時々思う。

「おまえがエリアEに向かったって聞いたから一緒に行こうと思ってな。しかし、なんだ? そのカッコ」

 イブキは呆れたようにカナメの頭からつま先までをジロジロと眺めた。

「遮光服を知らないのか? それとも、とうとうボケが来たか?」

 カナメは渋面で問い返す。

「ついに遮光服の世話になることになったか……日頃の行いが悪いから、再生不良になるんだぞ」

「なに、イブキが作った再生装置がヘボなもんだから、こうなってしまっただけさ」

 カナメが澄まして答えると、イブキは目を吊り上げた。

「なんだと! 俺のマシンは完璧だとも。おまえの分解装置がヘボなのに決まっている!」

 二人は剣呑な様子でしばらくにらみ合った後、どちらからともなくクスクス笑い出す。

「どちらも改善個所ありってとこか?」

 イブキが肩をすくめると、

「違いない」とカナメは小さくため息をついた。


 狭小な地下都市での生活を継続可能かつ快適にしたのが、彼らの開発した分解再生装置だった。分解再生装置は、あらゆる物質を分子レベルまで分解し、思いのままに再構築する。最終的に分解再生装置は生物までをも分解再生することを可能にし、結果として、再生を繰り返すことにより何百年も生き続ける人間を発生させた。生物、殊に人間に関しての分解再生については、再生の為の様々な厳しい適用基準が設けられていたが、開発者である二人に関しては、無条件で再生治療を受けられることになっていた。彼らが、何百年も生き続けることになった所以ゆえんだ。


 管理棟に近づくにつれ、トラムは緩やかに減速を始めた。

 エリアEは、地下都市のバイオラングだ。地下都市で必要な酸素をここで賄っている。エリアEを管轄管理しているのがファームの民だ。

 ファームの民は緑色の肌を持っていて、皮膚で光合成を行う。大抵が黒髪か濃い褐色の髪を持っているが、中には緑色の髪をしていて、髪でも光合成をするタイプがいるらしい。カナメはまだ見たことはない。

「コブが、倒れている僕を見つけてくれたんだそうだ」

 せっかく死ねそうだったのに、という言葉は呑み込む。

「俺が様子を見に行ってくれと頼んだんだ。俺、外せないフェーズだったから」

 イブキは背を向けたまま窓の外を見つめて、そう言った。

「イブキが? 何故?」

「なんとなく、気になったから……」

 イブキが振り返る。

「イブキだったのか、どうりで……」

 やけにタイミングがいいと思った。

 いくら職場で顔をしょっちゅう合わせる仲間でも友でも、居住区にあるカナメのコンパートメントまで来る者は滅多にいない。カナメ自身、そう言う付き合いしかしてこなかったし、そもそもカナメがコンパートメントにいる時間など、ほとんどなかったからだ。今回、倒れた場所が場所だっただけに、誰かが訪ねて来なければ、恐らく死後数日は経っていた筈だった。


 イブキは昔からそう言う奴なのだ。こいつがいる限り死ねそうにないな。

 再生治療を受け続ける身になって以来、ずっと消極的自殺願望を持って生きていたカナメは、こっそりため息をついた。

「虫の知らせってやつだな。特におまえに関しては、そう言うのをよく感じるんだ」

イブキは真顔で言った。

「……ありがたいね」

 カナメはひきつった笑いを浮かべる。

「おまえ……一人で、易々と死ねると思うなよ?」

 突き刺すようなイブキの強い視線に、カナメはふと顔を上げる。

「お見通しって訳だ」

 カナメは苦く笑う。イブキは眉間にしわを寄せて、一瞬苦渋の表情を浮かべたが、すぐに弱く笑んだ。

「そう言えば、おまえ覚悟しておけよ。第一発見者のコブは相当動揺していたからな。泣くぞ、あれは……」

 イブキは器用に片方の眉をあげて見せる。

 カナメは盛大なため息をついた。


 ホームで、見上げる程の大男がトラムを待ち構えていた。深い緑色の肌に黒く波打つ髪。髪は無造作に一本に束ねられている。身長百八十センチはあるカナメとイブキでさえ、小柄に見えるほどだ。

「カナメぇ!」

 大男はそう言うなり、太い両腕でカナメをがっしりと抱きしめた。

「コブ、苦しい……やめろ……」

「イブキに言われて部屋を覗いたら、こっちの心臓が止まっちまうかと思ったじゃろうがっ!」

 そういいながらコブはカナメをぎゅうぎゅう抱きしめた。再び心臓が止まりそうだ。

「ぐはっ、悪かったよ。頼む……放してくれ。もう二度とコブの前では死なない」

 息も絶え絶えにカナメは言葉を絞り出す。

「バカたれ! 俺の前じゃなくても死ぬなっ」

 カナメは背中を強かに叩かれて、つんのめった。


 エリアEは、ジャングルのような広大な森林と地下都市最大の地底湖からなる巨大なバイオラングエリアだ。ほとんどのファームの民は、ここで森林の世話をして暮らしている。中央部の湖畔に、エリアE唯一の建造物である管理棟が設置されていて、ハル政府から衣食住が提供されていたが、ほとんどのファームの民は各々好き勝手にテントや小屋を作って気ままに暮らしている。

 管理棟の最上階には展望台兼談話室が設けられていて、ジャングルを一望することができる。休日ともなると、見学に訪れた子供達でザワザワしているのだが、今は閑散としていた。


 ほぼ貸し切り状態の談話室で、カナメはコブのお小言を謹聴していた。

 ファームの民の一部は非常に長命だ。まるで大きな木が何千年も黙々と時を刻んで存在し続けるように、コブもまた数百年という長い歳月を、再生治療も受けることなく黙々と生き抜いてきた。だから、さすがのカナメもイブキもコブの説教には頭が上がらない。

「なぁ、カナメ、生きちょれば、色々嫌なこともあるじゃろう。うまくいかんことだってあるさ。再生するんが嫌じゃち考えるんも無理はねぇ。じゃけんがよぅ、生きちょってくれよ。おまえがおらんようになったら寂しいじゃろうが」

 節くれだった指で、顔をゴシゴシ擦っているところは育ちすぎた穴熊みたいだ。

「泣くなよ、コブ。僕が苛めたみたいじゃないか」

 カナメは顔を顰める。苛めたのと同じだ、とコブはさらに盛大に鼻をかみ始めた。

「聞いて驚くな? あのムラサキが心配していたぜ」

 イブキが、良い報告だと言わんばかりの顔で口を挟んだ。

「大した間抜けだよ、お前は。本気でムラサキが心配すると思っているのか?」

 カナメは眉間に皺を寄せて吐き出すように言う。ムラサキは子供の頃からの養育係だ。養育係アンドロイドだと言った方がいいだろうか。

「相変わらず嫌ってるなぁ。その歳で未だに反抗期か? アンドロイドって分かってても、ムラサキに関しては、なんか感情移入しちまうんだよな。俺たちがこーんな小さい頃から面倒を見てくれてるからかな? 情が湧くって言うか……」

 イブキは、親指と人差し指で五センチくらいの長さを作ってみせた。

「そんなに小さいわけないだろ?」

 カナメがうんざりした顔で言う。

「うんにゃ、おめーらは本当にちっこかったっちゃ」

 コブが飲み物を運んでくる。

「コブがでか過ぎるんだ」

 カナメとイブキが声をそろえた。

「そのムラサキが、コブの所に行って礼を言うべきだってしつこいんで、ここに来たんだ。世話になった、ありがとう」

 カナメは仏頂面だ。

「おまえ、それは礼を言ってる態度じゃないぜ」

 イブキが呆れたように盛大なため息をついた。

 


* * *



「で? なんで皆ついてくるわけ?」

 エリアEを出て、カナメは困惑したように振り返る。

「カナメ一人で帰すわけにはいかんじゃろうが。おまえの部屋は、あのままになっちょる。発作を起こしちょったから、部屋はかなり荒れとったはずじゃ」

 そう言いながら、コブが気遣わしげについてくる。

「俺は、おまえんちと方角が同じじゃないか。どちらかって言うとおまえがついて来てるように俺は感じるぜ?」

 イブキは悪戯っぽく笑んだ。

「ふーん」

 滅多に部屋などに帰らない癖にという言葉を懸命に飲み下す。


 分かっているのだ。二人がカナメのことを心配してくれていることは……。しかし、それが逆にカナメには息苦しく、重苦しく、そして……心苦しい。生きることへの執着が、希薄になっていくことを止められない。


「それに、最近物騒な話を聞いちょるからの」

 コブが心配そうに声を潜めた。

「物騒な話?」

 カナメは首を傾げる。再生治療を受けている間に何か事件があったらしい。

「ああ、それなら俺も知ってる。なんでも、留守中に忍び込んでいて、帰宅したところを襲うんだそうだ。主に女性がターゲットにされているんだってさ。それが、ここだけの話なんだが……」

 イブキは声を低めた。

「バラバラにされているらしい」

「バラバラ……」

 コブとカナメが同時に呻く。

「被害者は無条件で再生治療を受けられることになってるんだが、第一発見者の心的外傷がひどくてな。中にはもう二度とあんな目に遭った妻を見たくないからと再生を拒む者さえいるそうだ。まだ捜査中の事件だ。詳しい報道はされていない。必要以上に市民を動揺させたくないからな。誰にも言うなよ」

 おいおい、お前が言ってるだろう? 公道で……。

 カナメは遠い目でイブキを見つめる。

「ところで、コブのその荷物はなんだ? まるで泥棒みたいだ。何を持って来たんだよ」

 カナメが怪訝そうに問いかける。

「気にせんでいい。じきに分かるからの」

 コブは嬉しそうに大荷物を重そうに担ぎ直した。


 居住区はエリアCにある。大抵の人は、独りなら一部屋とバス、トイレ、ダイニング付き、家族がいればその人数に応じた部屋が付いたコンパートメントを政府から貸与される。カナメは独りだったが、長年の政府への貢献を認められて、他よりもかなり優遇された住居を与えられていた。

 大股で歩いていたコブが先にカナメの部屋に到着する。大きな荷物をドサリと置き、認証カードキーを取り出そうと胸のポケットをまさぐっていた腕がドアに触れた途端、ドアは勝手に開いた。

「ありゃ、鍵かけるの忘れちょったか?」

 頭を掻きながら荷物を背負い、中へ一歩踏み入れたところで、コブは、はっと息を飲み後ずさりながらドアを閉めた。

「おい、コブ、どうした? 殺人鬼でもいたか?」

 イブキがニヤニヤしながら問いかける。コブは真っ青だ。

「カナメが……倒れちょる」

 はぁ? という顔のイブキの後ろから、ゆっくり歩いてきたカナメが問いかける。

「何かあったの?」

 カナメは怪訝そうに自分のコンパートメントを覗きこんで瞠目した。


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