プロローグ
世界が崩れ落ちる時、人は何を守りたいと思うのだろうか。
無駄なものをそぎ落とし、余分なものを削り取り、必要なものさえ切り崩しながら、最後の瞬間まで守り抜いた一欠片は、どんな色をしているだろうか。どんな輝きを放っているだろうか。
惑星ハルの最深部。地下都市ハデスは常に薄闇だ。朝なのか夜なのか、それを知っているのは、黙々と時を刻む時計のみ。
ハル連邦政府の中枢機関があるエリアAに限れば、巨大なスペースを有する地下都市なのだが、それ以外のエリアは割とこじんまりしている。特に、それぞれのエリアをつなぐ回廊ときたら極狭で、背の高い者ならば、かなり圧迫感を感じる高さだ。その狭く薄暗い闇の中に、道は迷路のように敷かれていた。無論、わざわざ迷路にするために道路を作ったわけではない。この地下都市は、元々、地底奥深くにあった空洞を利用して作られたものなのだ。故に道も自然の造形そのままに迷路のように曲がりくねっていた。イメージとしては人間版アリの巣の様なものを想像してもらうといいだろう。
地底奥深くに穿たれた無数の空洞の集合体。
それが地下都市ハデスだった。
電力の使用量を極限まで絞りこんでいるため、必要のない場所は特に闇が深かい。主要道路こそ舗装してあるが、脇道に逸れればごつごつとした土の道に変わる。にもかかわらず、そこには一本の草さえ生えていなかった。
ここは惑星ハルを暑く輝り焦がす恒星ジタンの光さえ届かない奈落の底……。否、よく目を凝らして周囲を見てほしい。そうすれば、天井や壁のそこここに、ひっそりと光る付着物に気づくことだろう。光苔の一種だ。その幽かな光は、地下都市ハデスが真の闇に呑まれることを、かろうじて引き止めていた。
奈落の底の一歩手前の薄闇に、惑星ハルに存在する唯一の国家、ハル連邦の中枢機関が設けられたのは、既に数百年余も前のことだ。
この国のありようは、まさにこの国が、ひいてはハルという惑星が置かれている状況を的確に表していた。文明のみならず、母惑星ハル自体が、ギリギリの崖っぷちで、奈落の底に落ちていくことから踏みとどまっていた。