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光の砂漠 闇の迷宮  作者: 立花招夏
第一章 闇の迷宮
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第十七話

 今日からしばらくカナメが帰って来ない。仕事が忙しくて帰れないのだと言う。代わりに、夜だけ人を寄越すと言っていた。イブキの配偶者だと言う。どんな人なのか、少し緊張する。

 カナメがいない間は、記憶採取は中断だ。


 ディモルフォセカの記憶採取は既に半分ほど終了していた。ディモルフォセカの人生の約八年分の記憶がカナメの持っているメモリースティックに採取されたと言う訳だ。記憶採取した直後は、しばらく現実と過去が入り混じって混乱してしまう。気持ちが不安定になる。だけど、ディモルフォセカが森の民の力を失うことはなかった。それにホッとしたのか、がっかりしたのか、実は自分でも良く分かっていない。混乱を収束させるのに半日はかかってしまうので、落ち着いて考える余裕がないのだ。


 眠くなると急速に体温が低下する症状は相変わらず続いていたが、それ以外は特に異常がなかった。低体温症を発症してしまう結果として、ディモルフォセカはいつもカナメと一緒のベッドで眠る事になっているのだけれど、心中は複雑だ。


 カナメは仕事から帰っても、遅くまで小部屋の端末で仕事をしていることが多い。先に寝ていなさいと言われるので、ベッドの端っこで先に眠ってしまうのだけれど、ふと夜中に目覚めるとガッチリ抱き枕状態になっている。最初はぎょっとしたが、今ではそれが当たり前になっている。何よりも、カナメの腕の中は温かくて心地よかった。振りほどく理由が見当たらないので、そのまま再び眠り込んでしまう。


 だけど……ですよ。


 同年代の異性と毎晩一緒のベッドで寝ているのに、何も感じてもらえてないようなのは、自分、かなり残念な状況なんじゃないだろうか。


 いや、何かして欲しいと言ってる訳じゃなくて……。ただ単に温めてもらっているだけの自分がアレコレ言える立場じゃないことも分かってるけど……。


 姉のアリッサムなら、そんなことは無かったんだろうかなどと推測してしまう。幼いころから姉は華やかな人だった。亜麻色の巻き毛にアンバー(琥珀色)の瞳、賢くて優しくて、強い力を持った森の民の姉。


 そりゃ、自分のことをいいと言ってくれる人がいなかった訳じゃないけど……。

 例えば、かつてアール・ダーで、こんなことがあった。



 授業中、課題植物を前にディモルフォセカは途方に暮れていた。


 先生は、この植物の葉緑体を増やしてごらんなさいと言ったのだ。周りのみんなは真剣な顔をして課題植物の上に手をかざしている。植物の性質を変えることは、ディモルフォセカにとってさほど難しい事ではない。では、何故途方に暮れているのかと言うと、彼女の力の発動は、植物次第であるという現実があるからだ。仮に目の前の植物が、葉緑体を増やしたいと思っているのならば、何の苦もなく彼女はそれをやってのけただろう。しかし、彼女の目の前にある課題植物はそれを望んでいなかった。


 ズポッと自らの根っこを引っ張り出して、逃亡を始めた課題植物をどうすべきか、ディモルフォセカは途方に暮れていたのだ。


「ディモルフォセカ! それは一体何ですか? 早く捕まえなさいっ」

 先生の叱責が飛ぶ。


 先生の声で我に返ったディモルフォセカが、慌てて捕まえようと伸ばした手が、隣の生徒の課題植物に触れると、それも逃亡を開始する。逃げ回る植物と追いかける生徒たちで、授業は大混乱になった。


 結局、逃げ出した課題植物をすべて捕獲するまで居残りと言い渡されて、一人森の中。

 突然背後から、声を掛けられた。


「ディム? 何してるんだい? こんな時間にこんな所で……」

 声の主は、シーカス・エウオニムスだった。プラチナブロンドに青い瞳、優しくて賢くてハンサムだとくれば、大抵の女の子は放っておかない。初等部の頃から彼は女の子の憧れの的だった。無論、ディモルフォセカも例外ではない。


 エウオニムス家は、比較的オーランティアカ家の近くにあったせいか、ディモルフォセカが初等部に通うようになってからは、シーカスは何くれとなく気に掛けてくれているようだった。そのせいで、ディモルフォセカと姉のアリッサムは、クラスの子によく羨ましがられたものだ。

 

 課題植物の顛末を話すと、シーカスは笑い転げた。

「君、本当に面白い子だよね。君のそういう所、すごく好きだよ」


 この好きは、ちょっと違うか……。

 ディモルフォセカはがっくりと項垂れる。


 あの頃、シーカスとは本当にうまく行ってたと思う。


 あの後、逃げ出した植物を一緒に探してくれて、見つかった時には、こんなすごい形態変化を一人でやったのかと、凄く褒めてくれたっけ。あの時は本当に嬉しかったなぁ。


 ディモルフォセカにとってシーカスは憧れのお兄さんだったし、シーカスにとってディモルフォセカは放っておけない近所の子くらいのイメージだったんじゃないだろうか。それが、結婚話が持ち上がって……瓦解した。



 考え込んでいると、部屋のドアを開ける音がした。

 ディモルフォセカは慌てて小部屋に逃げ込む。誰かが入って来たら、それが誰か分かるまでは必ず隠れておくようにと、カナメに言われているのだ。



 合鍵でドアを開けて中に入ったフェリシアは、部屋を見渡して小さく何度も頷く。

 へぇぇ、完璧ね。ちゃんと隠れているわ。星ウサギって、かなり知能の高い生き物らしいわ。たしか、警戒心も強いのよね。

 そうだ!


 フェリシアは野菜を詰め込んでいる袋をガサガサ言わせ始めた。



 小部屋の机の下に隠れたまま息を潜めていたディモルフォセカは、段々不安になってきていた。カナメの説明では、今夜来てくれるイブキの配偶者のフェリシアには、部屋に入ってドアをキチンと閉めたら、ディモルフォセカの名を呼び、そして自らの名前を名乗るように頼んでいると言う。だから、相手がディモルフォセカの名前を呼ぶ事、フェリシア・アメロイデスだと名乗った事を確認した時点で姿を現すようにと言われていた。


 しかし、名前は呼ばれず、名乗ることもせず、かなりな時間が経過している。

 まさか公安?

 

 公安は、政府の許可さえ下りていれば、個人のコンパートメントにも無断で入る事が出来るらしい。ディモルフォセカに緊張が走る。

 その時、ディモルフォセカの名を呼ぶ声がした。


「ディモルフォセカー ディム! 私よ。フェリシア・アメロイデスよ。出て来てちょうだい。ディーム」

 次いで、チョッチョッと舌を鳴らす音もする。それは小動物を呼ぶ時に出す音に似ていた。


 首を傾げながら、ディモルフォセカは、それでも用心しながら小部屋のドアを細く開けた。そしてリビングを覗いて息を呑む。

 何これ……もしかして……宇宙人?


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