第十五話
ハデス市長ルドを見送った後、カナメはたっぷり時間をとって、ドアの外を窺ってから小部屋のドアをそっと開いた。
ルドはカナメの子ども時代を知っている数少ない人間の一人だが、その大昔の時代からキレ者として常に人々を先導してきた人物だ。確証もなく行動する人間ではない。今回の抜き打ち的来訪も、何か情報を掴んでいる可能性が高い。昔からの馴染みとは言え、相手は公安のボスだ。法を犯して逃げ込んできた森の民を匿っている事を知られるのは非常にまずい。彼が生きた森の民の分解を示唆してきた事も単なる偶然とは思えなかった。油断はできない。
「ディム?」
カナメの声に、ディモルフォセカが机の下からモゾモゾ這い出してくる。
「そんな所に隠れていたのか」
カナメは安堵の溜息をもらす。
「誰だったの? 公安の人?」
「公安の親玉だ。しかもそればかりか、ハル上で最も性質の悪い人間だ。君が隠れていてくれて良かった」
カナメはディモルフォセカの頭をグリグリと撫でた。
* * *
「はぁ? 宇宙人が攻めてくる?」
ディモルフォセカはぽかんとカナメを見上げる。
森の民を分解再生することに拘っている理由をしつこく質問するディモルフォセカに、カナメは観念したように大きく溜息をつくとこう言った。
「いいか? この事はトップシークレットだ。森の民に話した事がばれれば、僕だって無事では済まされない。君だってもう二度とアール・ダーには戻れない。誰にも言わないと約束できるか?」
カナメは真剣な顔でそう言った。
「誰にも言わない。約束する」
神妙な顔で返答するディモルフォセカに、カナメは更に声を低めて話し始めたのだった。
「そうだ。しかもその宇宙人は、植物型だ。何をしゃべっているかさっぱり分からない。だから植物語を理解する為の植物を作らなきゃならないんだが、植物を改良する為には、森の民が圧倒的に足りない。そこで力の強い森の民を復活させるか数を増やすか、したいんだ」
カナメの説明にディモルフォセカはポカンとする。
「ねぇ、冗談だよね?」
「信じるか信じないかは君次第だ」
じっとり見つめるディモルフォセカに、しかしカナメが動じる気配はない。
「……本当なの……ね?」
目を見開いて再度問うディモルフォセカに、カナメは肩を軽く竦めただけだった。
「だったら、私役に立てると思う」
突然握りこぶしを突き上げて、任せなさいと言わんばかりに胸を叩くディモルフォセカに、今度はカナメがポカンとする。
「役に立てる?」
「うん。私、植物の考えてる事が分かるの。アール・ダーでも誰も信じてくれないんだけど、本当に本当に分かるんだからっ」
「はぁ……」
「で、その宇宙人はいつ責めてくるの?」
「え? まぁ、そう遠くない未来に……」
「まだなのね? じゃあ、それまでにどんな対応をするのか、どんな相手なのか作戦を練ったり調べたりしなくちゃだね」
「……なぁ、冗談だよな?」
「信じるか信じないかはあなた次第ですよ」
じっとり見つめるカナメに、ディモルフォセカは不満げに口をとがらせた。
「じゃあ、アレオーレの考えている事を教えてくれないか? いやいや、まてよ、それじゃあ適当に言っても正誤判断ができない。そうだな……じゃあ、僕が何歳か、アレオーレに聞いてみてくれよ」
いいよ、と気軽に返事をして、アレオーレを掌に乗せて話しかけていたディモルフォセカは、やがてしきりに首をひねりだした。
「どうした?」
「はっきりした年齢は分からないけど、アレオーレがカナメに初めて会ったのは三百年程前だって言うんだよ。おっかしいなぁ……この子たちが嘘を言うなんて今までなかったんだけど……。アレオーレ? 何か勘違いしていない? あ、誰か別人と勘違いしてるとか……」
アレオーレはディモルフォセカの言葉に、プンプンした仕草で飛び上がると、物陰に身を潜めてしまった。
カナメはあっけにとられる。
植物と会話をする森の民?
もしかしたら、森の民にはいくつかのタイプがあるんじゃないだろうか。力を持って再生されてもすぐに死んでしまう者と力を持たずに再生されるものがあると言う事は、まさにその証明と言えないか? 森の民自身に様々なタイプがあるのだとしたら……。
「あ! 私、カナメの名前、どこかで聞いた事があるってずっと思ったんだけど、そう言えば同姓同名の人がいるよね。三百年くらい前に分解再生装置を開発した人が確かそうだったよ。初等部の歴史の教科書にあったもん。思い出したよ。もしかしてカナメの親戚の人? 姓も同じだし……」
身を乗り出して問うディモルフォセカにカナメは困惑する。
「親戚……じゃないけどね」
本人だ。しかし……初等部の歴史の教科書なんかに載ってるのか。軽く呆然とする。
「違うんだー。ん? そいえば、分解再生装置の開発者はもう一人いたよね、確か……イブキ・ピラミダリスだったっけ……。あれ? イブキって……」
「そうだ! 言うの忘れてた。僕、今日で休暇が終わるんだ。だから明日から日中はこの部屋で君一人になるけど、大丈夫かな」
カナメは慌ててディモルフォセカを遮った。ここで身ばれするのはあまり好ましくない。地下都市の情報は、できるだけ知らせない方が彼女の為だ。
突然の話の切り替えに、特に不審がる様子もなくディモルフォセカは頷いた。
「ぜっんぜん大丈夫だよ。でもさ、記憶採取が終わった後の空いた時間にヴィジシアター見てもいい?」
カナメの寝室の壁にはかなり大型のヴィジシアターが内蔵されていた。個人の部屋にあんな大型のヴィジシアターがあるのを、ディモルフォセカは初めて見た。だから一目見て以来、ずっと気になっていたのだった。
「構わないけど、ニュースチャンネルはロックさせてもらうよ。君は地下都市の事情を知らない方が安全だからね。それから、有料映像は程々にしてくれ」
「了解!」
ぱぁっと顔を綻ばせたディモルフォセカに、カナメもほほ笑んだ。