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光の砂漠 闇の迷宮  作者: 立花招夏
第一章 闇の迷宮
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第十二話


「今日中に、あの趣味の悪い監視カメラを撤去して欲しいんだ」

 カナメは休暇中にも関わらず、エリアAにある都市管理センターの窓口にやってきていた。


「カナメさん独身でしょ? 付いてても特に問題ないと思うけどなぁ」

 顔なじみの職員はメタリックフレームの眼鏡を中指でずりあげながら、ニヤリと笑う。

 市の条例で、七十歳以上の独居老人の寝室には監視カメラを設置することになっていた。孤独死を減らす為だと市長は言うが、プライバシーの侵害にも程があるとカナメは思う。

「再生治療を受けたんだ、もう必要ないはずだろ?」

 カナメは渋面で反論する。

「今、結構人手不足でねー、最速で三日後ですかねー」

 職員は端末モニターを確認しながら言った。

「三日も待てるか。ああ、そうだ、自分で外してもいいんだよな?」

「やめてください」

 職員はやけにきっぱりと言い放つ。

「なんで?」

「粉々に分解するつもりでしょう?」

「……」

 カナメは絶句する。誰がどういう噂を流しているのか知らないが、どうやら自分は分解魔だと思われているらしい。


 分解。確かにこの言葉は、カナメの長い人生の中で大きな部分を占めてきた。子供のころから、ありとあらゆるものを分解することに情熱を注いできた彼は、やがて生物をも分子レベルまで分解する分解装置を開発した。逆の過程をたどって、イブキは再生装置を開発した。だから分解再生装置は二人の共同作品なのだった。


 分解再生装置は地下都市ハデスの生活を一変させた。狭くて不衛生で不自由だった地下都市は、究極のリサイクル生活を可能とした快適な機能的未来都市と呼ばれるようになった。


 この装置のことを語る時、人々は尊敬と畏怖の念をもって、その開発者のことをこう呼ぶ。破壊神カナメ。創造神イブキと。



「おいっ、カナメじゃないか? なんでこんな所にいるんだ」

 背後から自信に溢れた声でハデス地下都市市長ルド・B・ラキニアータが声をかけてきた。カナメはげんなりと振り向く。いつみても元気いっぱいで、無駄に眼光鋭い顔を見ると、自分の生気が吸い取られていくような気がする。


「おまえ、まだインターフェース休暇中だろ?」

 ルドは顔を顰めた。再生治療後は一週間の休暇が義務付けられている。新しい体と心がインターフェースをとるのに、それくらい時間がかかるからだ。

「ちょっとした手続きの申請だ」

 カナメは大したことではないと言いたげに言葉を投げだした。

「手続き?」

「グラブラ主席技官は寝室の監視カメラの撤去を申請しに来たんですよ」

 ルドに知れると、色々面倒だと判断したカナメが、適当にはぐらかそうとした先に職員が答えてしまう。

「ほぅ」

ルドが目を丸くする。

「……」

 カナメはズルズルと沈み込む心持で、ルドの目が好奇心に輝きだすのを見つめた。


「お前の部屋には、寝室だけじゃなく各部屋に監視カメラを付けてやろうと思っていたのだが。遂に妻でも娶る気になったのか? それとも恋人でもできたか? それとも……何か別のアヤシイ趣味ができた訳じゃないだろうな?」

「アヤシイ趣味って、例えば何です?」

 カナメは脱力して問い返す。一番性質の悪い人間に見つかってしまったようだ。

「俺がそんなこと知る訳ないだろう?」

「……」

「そうだ、カナメ。あの森の民の母親な、特例で再生者リストに加えておいたぞ? ただし再生されるのはプランE完了後だ。感謝しろよ。貸しだからな?」

 そう言ってルドはにやりと笑う。カナメはルドを見つめて苦く笑った。プランEの完了などいつになるのか……。


「ルド、次の会議の時間が迫っていますが」

 秘書の声が、カナメには天使の声に聞こえた。

「おぅ、分かってる。じゃあカナメ、また今度な。アヤシイ趣味は程々にしろよ?」

 ルドは無駄にさわやかな笑顔を作ると颯爽と去って行った。

 だから、何だよアヤシイ趣味って……。

 カナメは呆然とその後ろ姿を見つめた。


「カナメさん、なんとか頑張って二日後には撤去できるようにしますから、くれぐれも分解しないようにお願いします」

 端末のタッチパネルを操作しながら職員が声を掛ける。

「君はなんか誤解してないか? 僕が何でもかんでも分解するとか……」

「何でも分解したいと思う訳じゃあないんですか?」

 職員の男は声を潜める。

「……君は何を分解することを想像して言ってる?」

 カナメは怪訝そうに首を傾げる。

「最近、居住区で起ってる事件を知ってますか? バラバラ殺人事件ですよ」

 男は声を低めて、不気味な顔を作って言った。

「……」

 カナメはげんなりした顔で黙り込む。


「どうして犯人はバラバラにするんでしょうね? カナメさんなら気持ちが分かりますか?」

「僕にわかる訳がないだろう?」

 カナメは憮然とする。

「ははは、冗談ですよ。いやいや、カナメさんも気を付けてくださいね?」

 職員はにっこり笑った。

「次に君がバラバラにされてたら、僕を疑ってもいいよ。もっとも、僕は微粒子になるまで分解するのが趣味だから、君だって誰も分からないかもしれないけどね?」

 カナメがにっこり笑い返すと、職員は笑顔のまま凍りついた。

 二日後の撤去を申請すると、カナメは都市管理センターを後にする。

 

 戻ってみると、ディモルフォセカの記憶採取はワンサイクルが終了していた。ワンサイクルで一年分よりも少し少ないくらいの記憶を採取できる。すぐに機材を取り外したが、かなり消耗している様子だ。


 元々体力的に弱っていた彼女には、それでもかなりな負担らしい。記憶採取を始めてから低下気味だったバイタル・サインは、外した後も低レベルのままでなかなか回復しない。何度か体を揺すると反応はあるので、しばらく様子を見ることにする。

 一日ワンサイクルが限度だな。


 ベッドを使えば、少しでも楽になるかと思い、寝室の監視カメラの撤去を申請しに来たのだが、藪蛇だったかもしれない。カナメは盛大な溜息をついた。


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