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【短編】求めた救世主のカタチとは

作者: ゆこさん
掲載日:2026/04/04

 真っ青な空にキラキラと輝く太陽。風に揺れる草の音が聞こえる気がする。私は制服が汚れるのも厭わずに草の上に寝転んでいた。何となく心地よい傾斜に身を委ねて、私はただ空を見ていた。

 ここは土手だ。川沿いで遠くに橋も見えている。犬の散歩をする人、ジョギングをする人、小さな子を連れた母親なんかもいる。人の気配がまばらにあって、ひとりぼっちの自分を紛らわせるには最適な場所だな、なんて思ってため息をついた。


 くだらない。本当にしょうもなくて、どうしようもない。憂鬱な気持ちは一切晴れない。もやもやと渦巻く行き場のない感情達で狂いそうだった。真剣に考えようとすると、途端に涙が出そうになる。だから、頭の中から全てを消して何も考えないようにするのに。なかなか上手くいかない。


「私が可愛かったら、こんな事にはならなかったのかな……」


 答えの出ない問いを何度繰り返して、どれだけ悩んだだろうか。それでも私はずっと問い続けている。ずっともやもやと。辛いだけなのに。

 誰か助けて欲しい。こんな私の味方になって欲しい。傍にいて慰めてほしい。そんな事を思えば、頭の中に全てを肯定して受け入れてくれる誰でもない誰かが現れる。けれどその人を両腕で抱え込んで捕まえようとすれば、するりと抜けてどこかへ消えてしまう……。ただただ虚しいだけの妄想だ。


「どうしたら良かった……? 何がいけなかった……?」


 涙がツーっと頬を伝って落ちていった。


 私は目を瞑った。そして思考を放棄した。

 何か別の楽しい事を考えよう。

 例えば今日の晩御飯とか。好きな音楽とか。

 禁止されているけれど、帰り道にコロッケを買って食べながら帰ってしまおうか。

 それともこのまま、目の前の川に飛び込んでしまおうか。肌寒くなってきた季節だから、下手したら死ぬかもね、なんて考えて、私はまたため息をついた。


 夏でもないのに、川に制服を着たまま女子高生が飛び込んだら、誰か心配してくれるだろうか。お母さんは心配してくれるかな。きっと……多分……。そうしてまた、私の頬に涙がツーっと流れて落ちていった。

 今頃学校では騒ぎになっているだろうか。私立の進学校だ。女子生徒が授業を受ける時間帯に抜け出したならば、先生達は探しに来るのだろうか。分からない。自分が何をしたいのか分からない。分かりたくもない。私は逃げるように思考を振り払った。

 刺々しく逆立った感情が落ち着かない。私はゆっくりと息を吐きながら、全身の力を抜いていく。指先から徐々に力を抜いていくのだ。まるで空気と同化するように、溶け込んでいくように。自分と世界の境目を曖昧にしていくように。大きく息を吸って吐き出すを繰り返す。そして私は、ゆっくりと泥沼に沈んでいくように意識を手放していった。


***


 どれだけ時間が経っただろうか。徐々に覚醒していく脳は、状況を把握しようと少しずつ動き出す。まだ眠たい。瞼を開ける気にはならない。もう少しこのまどろみの中で、ぼんやりとしていたい。

 だけど、そろそろ起きたほうが良いかもしれない。流石にどれ程時間が経過したかだけでも確認した方が良い。私は意識的に起きようと試みる。


「ん……」


 眩しい。寒い。体が痛い。

 途端に認識する体の不快感。

 そうだ私は土手で寝転んでそのまま……。


「あれー? やっと起きたの? おじょーさんっ?」

「っ!?」


 突然の男の声。

 聞き覚えのないその声に、私の脳は一気に覚醒する。


 誰っ!?

 誰!? 誰!? 誰!?


 私は鈍い感覚の体を無理矢理に動かして飛び起きた。


「あーあー。そんなに一気に起きたら気持ち悪くなっちゃわない?」


 反射的に上半身を起こしたせいで、私の心臓は有り得ないくらい、バクバクと音を立てて激しく脈打っていた。頭から血の気も引いていくようでクラクラする。寒気に加えて不快極まりない冷や汗でおかしくなりそうだ。


「ねぇ? 大丈夫?」


 そんな声と共に視界に潜り込んできた男の顔に、私は息の吸い方を忘れるほど驚き固まった。


 知らない男の顔。

 私より年上の男。

 オレンジ色の光に照らされて不気味に映る。


「ヒッ……」


 悲鳴すらまともに絞り出せない私は、少しでも男と距離を取りたくて後退を試みる。しかしながら体は上手く動かず、足はモゾモゾと地面を滑るだけだった。


「そんなに怖がんないでよ。お兄さん、かなしぃなぁ〜。君が起きるまで、こうして見張っていたって言うのに〜」

「た、頼んでない!」

「まぁ、確かに?」

「誰!?」


 すぐ隣に座る男はキョトンとした様子で私を見ていた。まるで、変な生き物でも観察するかのような視線だ。男と見つめあったまま、奇妙な沈黙が流れる。居心地の悪い沈黙に私はすぐにでも逃げ出したくなる。けれども、未だに体はまともに動かない。蛇に睨まれた蛙の状態だった。

 しかしながらそんな不快な沈黙を破ったのは、意外にも男の方だった。


「アキヤコノム」


 男は真顔でそう答えた。


「は?」

(そら)(いえ)空家(あきや)()きに(ゆめ)好夢(コノム)

「へ?」

「俺の名前。誰って聞いたのはおじょーさんでしょ?」


 確かに私はこの男に、「誰?」と問いかけた。だが、名前を教えて欲しいという意味では無かった。何者なのか。なんの目的があって自分に絡むのか。それを知りたかったのだが。


「何その変な名前」

「人の名前を変だなんて、おじょーさん酷い事いうねぇ?」


 確かに……。

 確かに人の名前に対して変と言うのは、非常に失礼な発言だったかもしれない。


「えっと。ごめんなさい……」


 私はぺこりと頭を下げて、素直に謝罪する。そして恐る恐る顔を上げて男を確認した。するとバチりと目が合う。またもや嫌な沈黙だ。男はじっと真顔で私を見つめたまま微動だにしない。そんな事をされてしまえば、私は再び蛇に睨まれた蛙だ。動けなくなる。

 気を悪くして怒っているのかすら分からず、だんだん恐ろしくなってくる。この沈黙を終わらせるためにも、何か自分から言うべきか。と、そんな事を考えていると、男はふっと表情を緩めた。


「ま! 偽名だし、別にい〜よ〜」

「……」


 男はケラケラと笑う。何とも軽い。何も気にして無さそうだ。その様子に私はホッとして小さく息を吐いた。


「で。おじょーさんは?」

「え?」

「名前。なんて呼べばいい? こっちは名乗ったんだからさぁ〜。あ。勿論偽名でいいよ〜」

「えっと……」


 偽名なんて咄嗟に出てこない。私は頭を悩ませた末、SNSで使っているユーザー名に思い至る。


「じゃぁ、ソラで」

「ソラちゃんね〜。おっけ〜。俺の事はアキヤさんでいいから」

「分かり……ました……」


 分かりました? 自分で答えておいてよく分からなくなる。何も分かっていないじゃないか。アキヤと名乗ったこの男は何なのだ。一切情報を得られていない事に気がつく。


「ところでさぁ〜。ソラちゃん。こんな所で何してたの〜? その制服近くの私立高校の制服でしょぉ〜?」

「……」

「しかも、お金持ちが通うことで有名なさぁ〜」

「……」

「校則も厳しいって聞くねぇ〜」


 私は男の追求に何も言えなくなって、避けるように視線を逸らした。制服は身分証の様なものだ。何も言わずとも、ある程度の情報を相手に与えてしまう。ズケズケと探りを入れてくるアキヤという男がより一層理解できなくなって怖くなる。


「サボり?」

「えっと。はい。そんなやつです……」

「ふぅ〜ん。不良娘じゃん!」

「うっ……」


 私が何も言い返せないのがおかしかったのか、アキヤは再びケラケラと笑っていた。


「私……もう、帰りますから」


 私は声を絞り出してそう告げた。こんな所で知らない男と居ていいわけが無い。帰らなければ。そもそも今何時だ? 西日がさしている。夕方……。それなら学校が終わって塾の時間……!?


「え〜。帰っちゃうの? お兄さん、せっかくソラちゃんが起きるのを何時間も待ってたのに〜?」

「待ってくれなんて言ってません」

「でもさぁ。よく考えてみてよ。君みたいな無力な女の子が無防備な状態で、こんな場所で寝てるなんてさぁ〜。危ないよねぇ。悪い人がいたら何されてたか分からないよねぇ〜」


 もしかしてこのアキヤという男は、善意で見張っていてくれていたとでも言うのだろうか。そう思うと途端に申し訳ない気持ちになってくる。


「えっと塾があって……」

「もう16時半になる所だけど? 部活がない子ならもう始まってるんじゃない? 今から行くの?」

「それは……」


 正直遅刻して行くくらいなら行きたくない。というより、塾に行けば会いたくない人に会う事になる。だから、塾には行きたくない。かと言って今家に帰れば、母親にサボりがバレる。怒られたくない。母親に見放されたら、今の私じゃ立ち直れない気がするから。


「ソラちゃんは分かりやすいねぇ〜。本当は帰りたくもないんでしょ〜。何か嫌な事でもあったのかな〜?」

「……」


 私は隣に座っているアキヤの方へ向き直し、彼の顔をじっと見る。一体どんなつもりでそんな事を言うのか。アキヤは私が真っ直ぐに見つめたことが意外だったのか、楽しげにニヤリと笑った。


「ど〜うせ。時間を持て余してるんじゃないの〜? 良かったら何があったのか、お兄さんに話してみない?」

「結構です」

「つれないなぁ〜」

「私が寝ている間、見張っていてくれた事には感謝します。ありがとうございました。それでは」


 私はそう言って、立ち上がろうと足に力を入れる。と、そこで自身の膝の上に何か乗っているのに気がついた。これはジャケットだ。男物の。


「っ……」


 聞かずともわかる。これはアキヤのものなのだろう。なんとも言えない罪悪感でいっぱいになる。


「こ、これ。ありがとうございました」


 私はジャケットが汚れないように注意しながら、そっと手に取る。途端にスーッと冷たい風がスカートの中に流れ込んできて、ぶるりと体を震わせた。このジャケットがなかったらと思うとゾッとする。


「えー。まだ掛けてなよぉ〜。俺まだソラちゃんのお話聞いてないし〜」

「……」

「いいじゃん。ちょっとだけさぁ〜。話したらスッキリするかもよ?」


 この人間は絶対に危険だ。出来るだけ角が立たないように注意して離れなければ。

 と、その時ふわりと心地よい香りが鼻を抜けていった。これは香水だろうか。アキヤのジャケットから香っているようだ。香水なんて洒落たもの、私のような子供とは無縁の代物だ。学校では当然禁止されているから、つけている友達もいない。故に何だかそこに大人らしさの様な物を感じてしまった。未知の危険な何か。


「ねぇ。ソラちゃんちょっとだけさ〜」


 強請るようなアキヤは人懐こく顔を近づけてくる。よく見れば、アキヤは凄く整った顔立ちだった。切れ長の目に少し髭を生やしていて。俳優だと言われても納得してしまうほど。

 年齢は多分20代半ばだろう。黒のウェーブのかかった長めの髪、前髪は中央で分けて流している。痩せ型の体型、恐らく身長は180センチメートルを超えている。身なりも良くて、清潔感もある。薄いブルーのシャツにグレーのセーター、黒のパンツを履いていた。

 怪しいのは言動だけ。言動以外は普通だ。本当にアキヤは、見張っていてくれただけなのかもしれない。


 学校を抜け出した自分を追ってきてくれる人なんて、誰1人いなかった。こんな時間になっても、スマホの呼出音は鳴っていない。本当に誰からも探されてなかった。そんな惨めな私の傍にいてくれた人間がいたなんて。そう思うと、アキヤに塩対応するのは気が引けてきてしまった。


「分かりました。ちょっとだけ……」


 少しくらいいいだろう。どうせ私の事なんて心配する人は居ない。気にかけてくれる人も居ない。もう、自分自身どうだっていい。危険な事を避けようと思える明確な理由がない。むしろ、そんな危険に飛び込んでどうにかなってしまいたいとすら思えてきた。


「やったぁ〜。嬉しいなぁ〜」


 アキヤは私の回答に、そう言って嬉しそうに笑う。普通の女子高生の薄っぺらい話を聞きたいだなんて。本当に変な人だ。面白い話なんて何もできない事なんて、きっと誰が見ても明らかだというのに。私が面白い話の1つでもできる人間だったら、もっと良い扱いを受けて楽しく生きられたのだろうか……。そんな考えが過って嫌になる。私は小さく息を吐いて思考を振り払った。

 アキヤに返却したジャケットは、アキヤの手で再び私の膝の上に掛けられる。その温かさは、どこか縋りつきたくなるような魅力があった。


「で。ソラちゃん、何があったの? 目も赤いし涙のあともあるから、泣いてたんじゃないの?」

「え? 嘘……、目腫れて……?」

「うっそ~! やっぱり泣いてたんだ~」

「……」


 私はギロリとアキヤを睨む。しかしアキヤはそんな私の反応すら楽しむように笑顔を崩さなかった。


「別に。大した事は無いです」

「泣いちゃう程の事なのに? 確かに他人からすれば大した事ないかもしれないけれど、ソラちゃんにとってはそうじゃないんじゃないの? 辛さなんてさ、比べる物じゃないよ。ソラちゃんが辛いと感じたなら、それは辛い事。他人から程度を測られて大したことが無いなんて言われるべきものじゃないと、お兄さんは思うけどなぁ~」

「……」


 私が感じた辛い事。これは辛い事としていいのだと思えたからだろうか。アキヤの言葉はストンと私の中に落ちていった。

 

「ほら。教えてよ。ソラちゃんが感じた辛い事。何が辛かったの?」

「辛かった事……」


 私はゆっくりと考える。私は何が辛かったのだろうか。ちゃんと言葉にして伝えるとなると難しいと感じる。時系列で考えれば思い出せる、その時の感情も鮮明に蘇ってくる。だけど、何がどう辛かったのかを言葉にして明確に答えることは意外と難しい事なのだと知った。


「たぶん……。差別された……事。扱いが違う事……。態度の違いからそれが嫌ってくらい伝わってきて嫌だった……」

「優遇されている子がいるの?」


 私は小さく頷いた。

 可愛いあの子。何をやっても許してもらえるあの子。あの子がリストカットすれば、皆が心配して声を掛ける。翌日リストバンドでもしていれば、皆がそれを口実にこぞってあの子に声を掛けている。あの子に取り入ろうとして皆が何かを貢いでいる。全部全部許されている。あの子は可愛いから……。

 

「可愛いってずるい……」


 結局皆同じだ。全部あの子にいい所を取られていく。私は大切にされない。気にもかけてもらえない。私はしょせん踏み台。あの子と仲良くなりたい人が私を踏み台にしていく。誰も私になんて興味ないのに。あの子と仲良くなりたいから私に声を掛けるだけなんだ。虚しい。面白くない。その現実を知ってしまう度に嫌になる。分かっているのにいつも期待してバカみたいだ。

 途端にポロポロと涙が溢れて零れてしまった。人前で泣くなんてどうかしてる。しかも知らない男の前で。本当に私は何をしているんだろうか。


「よしよ~し。確かにそれは嫌な気持ちになるよね~。生まれ持った容姿の良さは明確にアドバンテージだもん」


 アキヤの手が私の後頭部を優しく撫でた。温かさが伝わって来て私の心の逆毛を整えていくようだった。


「そうだ~。元気が出る飴ちゃん食べる?」


 アキヤはそう言ってズボンのポケットから小さなケースを取り出し、シャカシャカと振ってタブレット状のお菓子を手の平に出した。人気のゆるいキャラクターの形をしたオレンジ色のタブレット。見た事は無いが、オレンジ味のスースーする系のお菓子だろう。


「飴ちゃん食べれば嫌な事忘れて、楽しくなれるかもよ?」


 アキヤは手の平のタブレットを私の眼前に出す。だが、食べる気にはならず私は首を横に振った。飴を食べたくらいで気分が晴れるわけがない。そんなもので解決するはずがない。


「見た目が良ければ優遇される。それはどこの場でも一緒だ~。今の女子高生なんてルッキズムマシマシでしょ~。しかもソラちゃんの学校は化粧禁止だから、顔面を盛る手段が殆どない。なおさらキツイよね~。持って生まれたものの差で受ける理不尽なんて、到底納得できないよね~」

「アキヤさんに何が分かるんですか。その見た目なら、こんなみじめな思いなんてした事ないんじゃないですか?」


 私は思わずトゲのある返しをしてしまった。言ってしまった後で、まずい事をしたとハッとする。私は恐る恐るアキヤの方へと視線を向ける、するとそこには真顔のアキヤがいた。バチリと目が合い私は固まる。しかし、アキヤは直ぐに表情をフッと緩ませて笑った。


「あれ~。もしかしてソラちゃん、俺の事イケメンだと思ってくれてるって事~? いやぁ、女子高生にイケメン認定されるなんて、お兄さん嬉しいなぁ~!」


 アキヤはそう言ってケラケラと笑った。私の嫌味なんて一切真に受けている様子も無く、軽くあしらわれた上、逆にイジってくる始末だ。


「もしかして、もしかすると~? ソラちゃんはお兄さんの事好きだったりして~!!」

「……」

「お兄さんもまだまだイケるってこと~? ソラちゃん良かったらお兄さんとワンナイトする~?」

「しません。確かにアキヤさんの顔面は整っていると思いますが、私の好みではありませんので」

「え~。ショック~!」


 アキヤは楽しそうに笑い転げている。全て冗談なのだろう。適当に話をしているのだろう。私が持ち合わせるもので、アキヤに響く物なんて一切無いのだろうと思ってしまう。


「俺はソラちゃんは、可愛いなぁって思うけどな~」

「それはどうも。ありがとうございます」

「あれぇ、塩対応に戻っちゃった」


 アキヤは1人楽しそうだ。呆れる程に。


「で~? ソラちゃんは、どうしたいの?」

「どうって……?」

「このままでいいの?」


 良い訳がない。こんな毎日やってられない。嫌なのだ。現状が。でも、どうすればいいかなんて分からない。


「どうなったら、辛い思いしなさそう?」

「分かんない……」

「優先されてるっていうあの子より、優遇されたい?」

「え……」


 別にそういう事は望んだつもりは無かった。だけど、確かに自分もそうやって優先してもらえたらと思っているところがあると思う。なんて醜くてカッコ悪い……、認めたくない望み……。あの子みたいに、自分もちやほやされたかったのかもしれない。落ち込んでいる時には、皆から慰めて欲しかったのかもしれない。構って欲しかったのかもしれない。


「あの子より可愛くなれたら叶いそ~?」


 私は首を横に振った。たぶん私の望みはあの子の様になる事じゃない。ただ、認めてもらいたいとか、そういう承認欲求なのだ。それに加えて、持って生まれた容姿と言う覆らない要素故に生じる扱いの差が、許せないのだ。満たされない気持ちでいっぱいいっぱいになってしまうのだ。


「うっ……。もう……、やだ……」


 どうしてこうなってしまったのだろう。何がいけなかったのだろう。可愛くもないのに調子に乗ったから? 調子に乗るってなに? どうすればいいの? 結局どうしたらいいか分からない。みじめでみじめで嫌になる。こんな自分が嫌いで仕方ない。認めたくない。涙は再びポロポロと流れ落ちていく。可愛くない上に中身も最悪。誰がこんな私を愛してくれるのだろう。だから今、私の傍には誰もいないのだ。誰もいてくれないのだ。


「大丈夫。大丈夫。お兄さんがいるよ~。いなくなったりしないし、ソラちゃんの事ちゃぁんと見てるからね~」


 なんて甘い言葉だろう。適当に言ってるだけだろうに、私が欲しい言葉だからかどんどん心に沁み込んでいってしまう。拒絶する事なんて出来ない。溺れてしまいそうになる。アキヤの腕が私の肩に回された。温かさを感じて、甘えたいという欲求が芽生える。このまま身を委ねてしまおうか。そうしたらどうなるんだろうか。


「ほら~、元気が出る飴ちゃん食べちゃいなよ~。俺、ソラちゃんの笑顔見たいな~」


 再び目の前に出されるオレンジ色のタブレット。涙で歪んだ視界に映るそれは、なんだか魅力的に見える。これを食べたら本当に元気になれるかもしれない。それならば、手をのばしてしまおうか。元気が出るなんておまじないにすら縋ってしまいたい。もし、救世主がいるのだとしたら、アキヤの様なカタチをしているのかもしれないな、なんて思ってしまった。何でも肯定してくれて、縋る事を許してくれて、ずっと傍にいてくれる。何て甘い存在なんだろう。

 とその時、パッと視界の端で何かが光った。私はタブレットが乗ったアキヤの手から視線を外して、そちらへ目を向ける。制服のポケットに入れていたスマートフォンの画面が光っている。取り出して見てみれば時刻は17時過ぎを示し、通知がいくつも画面に表示されていた。いつの間にかマナーモードになっていたようで気が付かなかったが、沢山の通知がある。待ち受け画面の画像には、今最も見たくないあの子と私のツーショット写真。人気キャラクターのポップアップショップで一緒に買い物した時に戦利品と共に撮った思い出の写真。


「あれ……」


 私は何か違和感を覚えてアキヤの手のひらへと視線を戻した。例のキャラクターの形のタブレットのお菓子。キャラクターの頭についているリボンの位置が違う。本物は右側。アキヤのタブレットのキャラクターは左側にある。


「これ、パチモンのお菓子じゃないですか?」

「え?」

「ほら、リボンの位置が逆です」

「あら、本当だぁ。これはうっかり~」


 私は深くため息を付いた。偽物のお菓子なんて、このキャラクターを応援するならば、ファンとして食べてはいけない。私は再びスマートフォンの画面に視線を落とした。あの時の買い物は本当に楽しかなったなと。あの子は私の1番の友達だったはずなのに……。もう戻れないのだなと思う。戻りたいとも思わないが。


「あれぇ? ソラちゃんまたくら~い顔してる~。お兄さんがあっためてあげるよぉ~」


 アキヤは私の肩に回していた腕に力を入れて、私を引き寄せた。体が密着する。私のおでこはアキヤの胸板に当たり、確かな硬さを感じた。寄りかかってしまえば、なんて楽なんだろう。この温かさを突き放す元気は、もう私には残されていないのだな、なんて思って目を瞑った。そのまま俯く私の後頭部は、優しく優しく何度も何度も撫でられる。本当に、私は何をやっているんだか。


「このままお兄さんと一緒に逃げちゃう~?」

「逃げるって?」

「どっか遠くにさぁ~。ぜ~んぶ何もかも捨てて逃げちゃおうよぉ」

「全部捨てて……」

「そ!」


 逃げるか。ありなのかな。まるで救世主かの様に、この辛い場所から私を救い出してくれるとアキヤは言うのだ。その手を取ってしまいたい。

 持って生まれた手札がそもそも弱いんだ。それならもういっそ、全部捨てて逃げちゃったって……。


「もし逃げたとして。逃げた先で、アキヤさんはずっと私の傍にいてくれますか?」

「勿論。一生ソラちゃんと一緒に居てあげるよぉ」


 一生……ね……。はは。流石にそれは嘘だ。

 私は小さく息を吐くと。上半身をしっかり起こして座り直した。もう夢から覚めなければいけない時間だろう。

 私はアキヤの顔を真っ直ぐに見る。アキヤは変わらず柔らく笑っていた。


「凄く甘いお誘いですね。甘すぎてむせ返りそうなくらい……」

「どうしたの? 寒いでしょ~? ほら、おいでよ」


 アキヤは表情一つ変えず、笑った顔のまま。そのまま私に両手を広げてみせる。胸に飛び込んでおいでと。そう誘っている。

 

「私は知っています。そんな都合の良い話、あり得ないって」

「……」

「何もかも捨てればリセットできるなんて幻想ですよね。向かう先は地獄か何かですか?」

「……」


 アキヤは私に伸ばしていた腕をゆっくりと下ろした。

 

「どんな時だって無条件で味方になってくれて、ずっと傍にいてくれる人、辛い時には助けだしてくれる人、つまり救世主の存在を望んでいたのは事実です」

「……」

「でも、そんな都合のいい人、現実にいるはずがない。そんな事くらい、子供の私でも分かっています」

「……」

「それに私は気が付きました。私自身は、この現状を捨てたいだなんて思っていないという事に。私はこの現実に抗いたいんですよ」

 

 都合よく助けてくれる救世主なんて存在しない。他人に求めるなんて間違っている。

 私を助ける事が出来るのはいつだって私だけなのに、私が救わずに誰が私を救ってくれると言うのか。頑張りも辛さも全て分かるのは私だけなのだから、ちゃんと私が私を見つめて分かってあげなければ。

 何をしたいのか。どうしたいのか。どうありたいのか。ちゃんと前を見て歩んで行かなければ。

 

 私は立ち上がり、上着をアキヤに返した。もうこの温もりは必要ない。救世主なんていらない。救世主になり得るのは最初から私自身だけ、私を助けられるのは私だけだって分かってしまったから。


「アキヤさん。ありがとうございました。お陰様ですっきりしました」

「うん、それは良かった~」

「それでは。さようなら」


 私はまっすぐに前を向き確かな足取りで、キラキラと輝く星空の下、家へと帰って行った。

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