第3話 『連絡先を交換したら……』
――やっちまった。
好きな子とゲーセンに行ったのに、一切遊ばずにその子のお膝でお昼寝して解散とか、情けなさすぎるだろ。しかも膝の上で頭をナデナデされて、一方的なお悩み相談会。……格好悪いにもほどがある。完全に恋愛対象から外れただろ。
夕暮れの帰り道、両手に本屋の紙袋を持ったまま、数歩先を歩く彼女の後ろ姿を追う。まだ起きてから一度も会話は交わしてない。それどころか、並んで歩いてさえくれない。カツカツと数歩先を歩く雛月の足音だけが、無常にも俺の心へ突き刺さる。
こっちはもう涙ちょちょ切れだ。
「たしかに一緒にいるだけで幸せではあるけどさ……」
昔から色々なことで空回りを続けるタイプの人間で、特に恋愛周りの空回り具合は桁違い。今日だって仮に俺の作品だとしたら――
ゲーセンというシチュエーションを使い、雛月と合法的にくっつけるイベントが盛りだくさん。最後はプリクラで一緒の写真を撮り、それをこっそりと、自室の勉強机の引き出しに貼る。
なんて展開にするはずなのに、現実はいつも甘くない。
やっぱり自分から行動しないと、ダメみたいだ。
とはいえ。
「どうすればもっと、雛月との距離が――」
「私がなに?」
「……はい?」
「…………」
「…………」
足を止め、雛月と見つめ合う。
一歩踏み出せば事故とはいえ、軽々と唇と唇が触れ合いそうなほど近い距離に雛月がいた。長いまつ毛に見惚れるほど澄んだ黒い瞳。ぱっちりとした目に端正な鼻立ち、さくら色の唇は少しだけ開いていて。
彼女の顔に見惚れながら、数秒意味を考えた。だけどサッパリわからずに。
「なんでこっちを向いてるんだよ?」
「だって日陰が急に止まるから……」
「え?」
周囲を確認してみれば、さっき雛月の後ろ姿を確認したところから一歩たりとも動いていなかった。どうやら思考に夢中になりすぎて、足を動かすことが疎かになっていたらしい。昔からどうも、同時並行で二つのことをやるのは苦手なんだよな。
「日陰は何を考えてたのかな? 私の名前、呼んでたよね?」
かなり小声で呟いたはずの声が聞こえるとか、どんな特殊な耳の持ち主なんだよ。というかそういう時は聞き逃すのがセオリー……いや、ラブコメとして見るなら俺のジョブだな、難聴系主人公の役は。
ヤバい、一気に冷静になれた気がする。
「今日は本当に悪かった」
冷静になった瞬間、素直に言おうと思ったのはその言葉だった。
ずっとグルグル色々なことを考えていたけど、結局俺が言いたかったのは――
「折角ゲームセンターに行ったのに、遊ぶ前に寝るとか最低だ。おまけに膝の上で寝たまま、お前の時間を奪うとか……この件についてはまた精神的に謝罪を――」
「日陰ってところどころズレてるよね……」
深々と頭を下げて謝罪をしていると、少しだけ不満気な雛月の声が鋭く鼓膜を叩いた。
「私、感謝されるために膝を貸したわけじゃないんだよ。それにどうせ言われるなら、『ごめん』より『ありがとう』の方がすっごく嬉しい。だから日陰も……」
俺の方へ右手の手のひらを向け、雛月がある一声を要求してくる。一瞬、反応に困り掛けたけど、照れくさくも彼女の方を向いて一言。
「ありがとな」
「どういたしまして」
手を後ろ手に組んで笑みを浮かべる雛月を見て、またもや強い動悸を覚える。もう卑怯としか言いようがない。雛月にこんな顔をされたら――
「顔なんて隠してどうしたの?」
「なんでもない」
ニヤけてしまう顔を隠すため、手にしていた二つの紙袋を道端に置く。
今俺は間違いなく、どうしようもないほど緩み切った顔をしているはずだ。こんな顔、雛月に見られでもしたら、そんなの告白してるも同然じゃないか。むしろこの顔を見て、好意を抱いてるのに気づかれなかったら、本当に望み薄でしかない。
いや、それはそれで気になりは――
「ところで日陰」
「なんだよ」
顔を両手で隠し、その場にしゃがみ込みながら、雛月の優し気な声に応答する。
「今度はいつ一緒に出掛けられる?」
「……………………うん⁉」
パッと顔から両手を離し、信じられないものでも見るかのように、雛月の方へ視線を合わせる。視界に捉えた雛月は少しばかりモジモジと、それでいて恥ずかしそうな態度で。
「な、なんで驚いてるのさ‼ ただ今日はグダグダになっちゃったじゃん……だから罰ゲームもまだ途中だし……私‼ 何か間違ったこと言ってる⁈ それとも日陰は嫌……私と二人で出掛けたりするの?」
声を大にして言いたい。嫌なわけがない‼ と。
雛月とまた出掛けられる? それも今回みたいに突発的じゃなくて、ちゃんと日にちを決めて? それって傍から見たらただのデート――
「そ、それでどうなの?」
「いや、そりゃあ俺も行きた……いや、特に予定がなかったらな。まあたぶん基本的に大丈夫だ。俺、一緒に遊びに行く友だちとかあまりいないし……」
サラッと悲しいことも言いつつ、雛月からの申し出に前向きな返事をする。その言葉を聞いて、雛月はしゃがんでいた俺の手を掴み、キラキラと黒い瞳を輝かせ、夕陽のせいかほんのりと赤くなった顔のまま。
「本当⁉ 本当に本当⁉ 本当に付き合ってくれるの⁉」
ここまでの会話の流れを知らなかったら、『付き合う』が別の意味に聞こえそうなほどのはしゃぎようだ。でも俺も同じぐらいはしゃぎたい気分でもあった。でもこの場ではしゃぐのはまずいから家に帰って、ベッドの中ではしゃごう。
……でもなんで雛月もこんなにはしゃいで――
「じゃあ遊びに行くのは四月ね!」
「……またえらい先の話だな」
「だって四月の約束にしておけば、例え学校が別々になっても接点を持ち続けられるでしょ‼」
「……なるほど」
今、すごく重要なことを言われた気がする。
学校が違っても接点を持ち続けられる……つまり四月に約束したいのは、今月遊びに行ったら、学校が違った場合もう二度と会わないから的なニュアンスか?
……意味は分かるけど、言語化するのが滅茶苦茶難しいな。
「じゃあ連絡先も交換しておこうよ。今度はいつ、会えるかもわからないしさ」
こちらが頭を悩ませているのもお構いなしに、やや興奮気味の雛月が会話を次の段階へ進める。
「連絡先ならクラスのグループラインから……あっ、俺脱退してたわ」
「……そういうところ、本当にあっさりしてるよね」
「べ、別にいいだろ。個人的に繋がりのあるやつとは連絡先を交換――」
「じゃあ私とも……繋がっちゃう?」
手にしていたハンドバッグから、耳の生えたスマホケースに入った自身のスマホを取り出した雛月が、顔を少しだけスマホで隠し、こちらの様子を伺っていた。どうしてこいつはこう、一々行動が可愛いんだよ。しかもなんだ、あのスマホケース。
ウサギですよ、ウサギ。ウサギの耳がついてるんですよ、奥さん。
「お、おう。繋がっておくか……」
***
あれから。さすがに道路で連絡先の交換をするのもという話になり、雛月と一緒に近くの公園へ足を運んだ。ベンチに座り、すでに遊んでいる子供もいない公園で連絡先を交換する。たぶんこの状況を見た百人中百人が、青春だと断言するはずだ。
「…………」
交換したばかりの雛月の連絡先を眺めて思う。
――表情に困るな、と。
偶然にも手に入れてしまった、結婚したいぐらい大好きな女の子の連絡先。もちろん、今すぐ飛び跳ねたいぐらい嬉しいけど、雛月の前でそんな真似するわけにはいかない。向こうはまだ、何一つ俺の好意に気づいていないんだから。ここは平常心、平常心。下手に好意がバレて気まずくなるのは――
ヒナ:ねぇ? 明日、日陰の家で一緒に合格発表見てもいい?
心頭滅却していると、すぐ左隣にいる世界で一番可愛い女の子から初メッセージが届いた。内容は明日の合格発表に関してだけど……。
「いや、その場にいるんだから口で伝えればいいだろ」
バレーボールのアイコンから送信されたメッセージを見るなり、雛月に力強くツッコミを入れてしまう。だって俺としては離れている時に、こういう文字でのやり取りをしたいから。それに一緒にいる時はできるだけ、雛月の生の声を聞いていたいんだ。でもこれって俺のエゴだな……。
向こうが文字でのやり取りを求めるなら、こっちもそれに答えるべきだ。
日陰:別に構わないけど。ウチの場所、知ってるのか?
メッセージを返信するなり、隣の様子を確認してみれば、一瞬だけ満面の笑みの雛月がこちらの様子を伺ってきて、またすぐにスマホでメッセージを打ち込み始める。
ヒナ:日陰の家なら知ってるよ。私、輝夜ちゃんと友だちだもん。
そういえば雛月のやつ、何気にウチの妹と友だちだったりするんだよな。
そうだ、輝夜といえば。
日陰:ちなみに明日はその輝夜が家にいないわけだが……
既読が付いたまま、雛月からの返信が止まる。
気になって隣を見てみれば――
「か、輝夜ちゃん‼ 日陰がね‼ 日陰がね‼」
涙目になりながら、真っ赤な顔で電話を掛けていた。
話の内容から察するに、相手はウチの妹の輝夜。二人とも昔から妙に連絡を取り合ってるんだよな。でもまさか、雛月の方が輝夜に泣きついていたなんて。これに関してはあまりにも意外――
「うん‼ わかったよ、輝夜ちゃん。ご飯の準備中にごめんね。日陰ももうすぐ帰れると思うから」
どうにか落ち着きを取り戻した様子の雛月だが、その頬はまだかなり赤い。チラチラと俺を見る目は明らかに恥ずかしそうで、何かを意識しているのが見て取れる。
「それで輝夜はなんて――」
「やっぱり明日は日陰の家に集合‼ これ絶対だよ‼」
「だから輝夜は――」
「ネットで番号公開されるのが十時だから……一時間前の九時には日陰の家に行くからね~‼」
叫び声を上げ、公園の出口へ向かい走り出す雛月を見ながら、取り残された俺はただただ首を傾げることしかできない。
「だから輝夜になんて言われたんだよ?」




