ヴルフィリア王国歴341年 上
――――ヴルフィリア王国歴341年
「ねぇ。貴女って司祭を目指しているのよね?」
オリヴィアがエイリーンに問いかける。エイリーンは、孤児院に備えられた礼拝堂の長椅子に座りながら、手にした聖典を閉じながら答えた。
「えぇ、もちろんです。私は、そのために、ここに引き取られ、ここで育ちました」
「……そこに貴女の意志とか、理想はあるの?」
「……私は、幸いなことに、生まれを考えれば恵まれているのです。自慢に聞こえるかもしれませんが、客観的に見て回復魔法に長けていましたから。運が悪ければ人身売買に利用されて、今のようにこうして温かな場所で、教育を受けることができたり、衣食住の保証がなかったでしょうから。せめてもの、恩返しをしたい、というのが私の意志、なのかもしれません」
ステンドグラスの光を浴びながらはにかむエイリーンに、オリヴィアは手を伸ばし、頭を撫でる。
「わぁっ、な、なんですか、いきなり」
「別に。ただ、苦労してるのに“いい子”で居られてて偉いと思ったの。……私は、正直に言ってしまえば“どうでもいい子”だろうし」
「オリヴィア様……」
「あー!もう、やめよ!やめ。湿っぽい空気なんて私あまり好きじゃないの」
「で、でも、そんな空気になりかけたのはオリヴィア様が……あたっ」
オリヴィアがエイリーンの額をデコピンして、長椅子から立ち上がると同時に、孤児院の奥から黒髪の女性が現れ、オリヴィアへの挨拶を済ませた後、エイリーンに声を掛けた。
「エイリーン、アヤ司教が貴女を呼んでいたわよ」
「今から向かいます。……申し訳ございません、オリヴィア様。私は一度席を外させていただきます」
先ほどまでの柔らかく、どこか抜けた空気がピン、と張りつめてエイリーンの醸す雰囲気が、海食洞に満ちる水のように冷たく、凛としたものに変わった。
「気にする必要なんてないわよ。ただただ時間を潰しに来ただけですもの。ここならあの司祭長に捕まらないし、護衛達も基本入ってこないから楽なだけだもの」
ふんっ、と笑いならエイリーンを見送ると、黒髪の女性はオリヴィアへ視線を向け、話しかける。
「オリヴィア様、ご歓談中にも関わらず、乱入してしまい申し訳ありませんでした」
「……別に、私は先ほど言った通り、“暇つぶし”にここに来ているだけなの。十分とまでは行かなくとも時間は潰すことができたもの。その程度であなたを責め立てたりするなんてことはしないわ」
「ありがたく存じます」
オリヴィアの言葉に、黒髪の女性が頭を下げて礼を述べる。
「……それに、アヤ司教に呼ばれるという事は相当重要な話でしょう?邪魔をするわけにはいかないもの。ところであなた、名前は?」
もう一度長椅子に座りながらオリヴィアが問えば、黒髪の女性は恭しく頭を下げる
「紹介が遅れてしまい申し訳ありません。私、こちらの孤児院でエイリーン同様に司教見習いをしております、ルオシー、と申します」
『以後、お見知りおきを』とニコリ、と人の良い笑顔を浮かべて彼女は笑った。
オリヴィアとエイリーンが知り合って早6年。二人は初めて言葉を交わして以降、月に1、2度の回数で交友を深めていた。
オリヴィアはパーティーでの愚痴を吐いてみたり、エイリーンの真似をして孤児院の本を借りて読んでみたり。エイリーンはあまり話したがらないのもあって、ただ静かに本を読んだり、時折投げかけられる言葉に相槌や返事を返したりと、互いに、それなりに居心地の良い関係を築いていた。




