ヴルフィリア王国歴335年
――――ヴルフィリア王国歴335年
ある日のこと。オリヴィアは礼拝をするために大神殿を訪れていた。
幼い彼女にはひどく退屈で長い司祭長の話を聞きながら、視線をふと附属の孤児院へと向けるとそこには、とても綺麗な少女がいた。
「ねぇ、あそこの子は誰?」
オリヴィアが司祭長の話を初めて遮って聞けば、司祭長は少し顔を歪めながら答えた。
「あぁ、エイリーンですか。彼女は落ちこぼれでして。勉強はおろか、神への祈りも碌にできません。ですが、司祭としての必須魔法である回復魔法には特に長けておりますゆえに、ああしてこの大神殿で引き取られております。……えー、それでですね、王女様―――」
司祭長の話がまた始まったところで、オリヴィアの意識は完全にエイリーンに向いていた。護衛の騎士を一人だけ連れて、司祭長の話を全て残りの護衛に投げ出し、エイリーンの元へと駆けていく。
「ねぇ、あなた。何をしているの?」
木陰の中で司祭長たちに背を向けて座っていたエイリーンは肩をピクリと揺らしてオリヴィアにゆっくりと視線を向けた。
「ほ、本を、読んでいました」
エイリーンの手元に視線を移せば、彼女の手にはこの国に伝わる御伽噺が綴られた本があった。
「ふーん」
「あ、あの、」
「なぁに?」
「し、司祭長様のお話はよろしいのでしょうか……?」
「あぁ、それならいつもほとんど聞いていないし問題無いわ。それに、内容も至極どうでもいい、寄付金を増やせということだもの。正直、王家からの寄付金は下手な貴族が一年は暮らせるレベルで出しているのよ?他貴族や商人からも渡されているし、何かあれば都度渡しているのに。強欲なのよ。大司教様は十分だとおっしゃっていたもの」
オリヴィアは軽く司祭長に視線を向けてからすぐに戻し、エイリーンの隣に座る。
「ねぇ、その本を呼んで頂戴。王城に帰るにしてもまだ日が高すぎるのよ。司祭長は勉強が碌にできないとか言っていたけれど、少なくとも読むことはできるのでしょう?」
「え、あ、はい。その通りです。一応、読めなくはないのですが……」
「別につまらなくてもいいわよ。時間さえ潰せればいいもの。ほら、座って。私にもその本を見せて」
オリヴィアがエイリーンの袖口を軽く引けば、エイリーンは隣に座り、本を一ページ目から開く。
内容は、この国に伝わる昔話と神話らしく、オリヴィアも良く知るものだった。
「これを楽しそうに読むなんて、あなた、随分変わっているのね」
「そうでしょうか?」
「そうよ。だって、どれもこれも現実味のない話ばかり。この国の建国物語だって、そうでしょう?倒しきれない厄災を初代国王が封じた、なんて。ただの御伽噺じゃない。本当にいたとして、この年まで綻びがないなんてありえないし、態々厄災の地に国を作るなんて」
「それは、この話にも書いている通り、初代国王様がこの地を守るためで……」
「仮にそうだとして、王家に魔法が使えるものは遠縁の者に指折り程度。直系からなんて生まれてないわ。それに、魔力だって、今のこの国じゃ、強すぎたら無用の代物よ。……ま、いいわ。それで?あなたはこの本の中のどの話が一番好きなの?」
オリヴィアは、討論するのに飽きたのか話題を変えた。それに対し、エイリーンは一瞬口を噤んだ後、話し始める。
ページを捲って、話す。それを繰り返しているうちに時間は流れ去って行き、日が傾き始めていた。
「あら、そろそろ時間だわ。今日はそれなりに楽しかったわ。また様子を見に来るからその時はまた別の本を用意して頂戴」
「わ、分かりました」
「それじゃあ、行くわよ」
そう、オリヴィアが騎士に声を掛けて去って行く背中を、エイリーンは頭を下げて見送った。




