フェーズ・ドライブ、覚醒の刻
サルベージ・ワンの船内は、青白い「星の心臓」から放たれる高エネルギーによって、異様な熱気に包まれていた。カイ・レンは、アイリスの指示に従いながら、震える手で動力室のメインコンソールを改造していた。旧式の核融合炉に、先遣者の遺物である超次元結晶を強引に接続するという、まさに狂気の沙汰とも言える作業だった。
「本当にこれでいいんだな、アイリス。一歩間違えれば、俺たちはこの場で素粒子に分解されるぞ」
『論理的な計算によれば、成功率は六十八パーセントです。しかし、ネオ・テラの追撃艦隊がこのセクターを完全に包囲しました。通常の航行では、彼らの重力捕獲網から逃れる術はありません。選択肢は一つ、フェーズ・ドライブの起動のみです』
アイリスの投影体は、コンソールの横で激しく明滅していた。彼女の意識は船のシステム全体に浸透し、今やサルベージ・ワンは彼女の「肉体」そのものとなっていた。船外モニターには、虚空から現れた数十隻の漆黒の軍艦が映し出されている。彼らは警告なしに主砲をチャージし、宇宙空間を殺意で満たしていた。
「……やるしかないか。アイリス、接続を完了した。同期を開始しろ!」
カイがメインスイッチを押し込むと、船全体が悲鳴のような振動を上げた。星の心臓が激しく脈動し、結晶から溢れ出した純粋なエネルギーが、既存の配線を焼き切りながらメインエンジンへと流れ込んでいく。空間が歪み、操縦席のガラス越しに見える星々が、まるで水滴のように引き伸ばされていった。
『全回路をフェーズ・ドライブに直結。時空の境界を定義……観測。マスター、意識を強く持ってください。私たちは今、物質界と非物質界の狭間を通ります』
次の瞬間、衝撃波がカイの全身を襲った。それは肉体的な痛みではなく、自らの存在そのものが薄まり、宇宙の深淵へと溶けていくような感覚だった。視界から色が消え、白と黒の反転した世界が広がる。サルベージ・ワンは物理的な質量を失い、影のような存在となって、ネオ・テラの艦隊が放った一斉射撃を文字通り「透過」した。
敵艦隊の指揮官たちが驚愕に目を見開く中、カイの船は光速を遥かに超えた速度で空間を跳躍した。それはワープ航法のような「移動」ではなく、宇宙という布地を滑るような、次元の滑走だった。
数分後、あるいは数時間後。重力感覚が戻ったとき、船は全く見知らぬ宙域に漂っていた。背後にあった追撃艦の影はどこにもなく、窓の外には巨大な二連星が放つ幻想的な光が広がっている。
「……生きているのか?」
カイが呟くと、アイリスのホログラムがゆっくりと実体化した。彼女の姿は以前よりもさらに緻密になり、その表情には人間のような「安堵」の色が浮かんでいた。
『フェーズ・ドライブの初動テスト、成功です。私たちは今、既知の航路から数千光年離れた未踏領域にいます。ですが、マスター……星の心臓が私に語りかけています。この力は、始まりに過ぎないと。五つの鍵をすべて揃えたとき、私たちは宇宙の構造そのものを書き換えることになるでしょう』
カイは自分の手を見つめた。先ほどまで感じていた、宇宙と一体化するような奇妙な感覚が、まだ指先に残っている。彼はただの廃品回収屋から、宇宙の理を覆す力を持つ者へと変貌を遂げようとしていた。
「五つの鍵か……。先は長いな。だが、この船と、お前がいれば、どこまででも行ける気がするよ」
エンジンの微かな唸り音が、今は心強い鼓動のように聞こえていた。二人は次なる「鍵」を求め、未知なる銀河の深部へと舵を切った。




