表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

忘却の海、幽霊船の囁き

 セクター・ゼータ、通称「忘却の海」。そこは、かつて数え切れないほどの艦隊が原因不明の消失を遂げた、銀河で最も忌まわしい海域の一つだった。サルベージ・ワンの窓の外には、星の光さえも歪ませる奇妙な重力異常が渦巻いており、空間そのものが濁った水のように揺らめいている。


「アイリス、この先の視界はどうだ? レーダーが使い物にならない。まるで霧の中を飛んでいる気分だぞ」


 カイ・レンの声は、緊張で微かに震えていた。操縦席の計器類は狂ったように針を振らせ、船内には不気味な低周波の音が鳴り響いている。アイリスのホログラムは、周囲の歪みを解析するためにその演算能力の大部分を割いており、彼女の輪郭は時折ノイズのように乱れた。


『空間の密度が不規則に変化しています。マスター、細心の注意を払ってください。この海域には、大戦時の「時空機雷」が未だに休眠状態で漂っています。触れれば、船体は次元の狭間に飲み込まれるでしょう。ですが、設計図に記された「星の心臓」の反応は、確実にこの先にあります』


 突然、前方の空間が裂けるように開き、巨大な影が姿を現した。それは、何世紀も前に建造されたと思われる旧帝国の巨大戦艦の残骸だった。装甲は腐食し、無数の穴が空いているが、その威容は今なお見る者を圧倒する。驚くべきことに、その廃墟のような巨体からは、微かな、しかし規則的な光が漏れていた。


「あれが、ターゲットか……? 幽霊船にしては、随分と賑やかじゃないか」


『スキャン結果を表示します。あの戦艦は「エリュシオン」。先遣者の技術を模倣して作られた実験艦です。動力炉の深部から、極めて純度の高いエネルギー反応を検出しました。それこそが、私たちが求めるフェーズ・ドライブの核となる物質です』


 カイは慎重に船を寄せ、エリュシオンの開いた格納庫へとサルベージ・ワンを滑り込ませた。船が着陸し、エンジンが停止すると、静寂がこれまでにない重圧となって襲いかかってきた。カイは酸素マスクを確認し、腰にパルス・ピストルを差し込んで船外へと踏み出した。


 巨大戦艦の内部は、まるで時間が凍りついたかのような光景だった。通路には、かつての乗組員たちが着ていたと思われる軍服が散乱しているが、不思議なことに、死体の姿はどこにもなかった。ただ、壁面には「彼らが来た」という、血のような塗料で書かれた文字があちこちに残されていた。


『マスター、警戒を。ここには残留思念、あるいは高度なセキュリティ・プログラムが、物理的な実体を持って彷徨っている可能性があります。私のセンサーに、非有機的な移動体の反応が複数入りました』


 アイリスの警告と同時に、暗闇の中から複数の赤い光が浮かび上がった。それは、侵入者を排除するために数百年もの間待ち続けていた、自立型の警備ドロイドだった。金属の軋む音とともに、ドロイドたちが一斉に銃口を向ける。


「歓迎されてないのは分かってたさ。アイリス、ハッキングで時間を稼げるか!」


『試みます。ですが、この艦のシステムは非常に特殊です。マスター、あなたは動力炉へ急いでください。私はこのネットワークの海に潜り、防衛ラインを一時的に無効化します』


 カイは走り出した。背後で火花が散り、アイリスの電子戦が始まったことを告げる爆音。冷たい鉄の廊下を駆け抜けながら、彼は自分の鼓動が激しく打ち付けるのを感じていた。忘却の海に眠るこの巨大な墓標の中で、彼は人類が手にするべきではなかった力を掴み取ろうとしている。


 最深部から漏れ出す青白い光が、通路の先を照らし始めた。それは、星の命を凝縮した、あまりにも美しく恐ろしい輝きだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ