鋼鉄の迷宮、蒼い閃光
背後で重厚な爆発音が響き、ノアの通路が激しく揺れた。ネオ・テラ特殊部隊の放った高エネルギー榴弾が、古い隔壁を容易に食い破ったのだ。カイ・レンは肺が焼けるような熱さを感じながら、暗い通路を疾走していた。
「アイリス、敵との距離は!」
腰のデバイスからアイリスの声が冷静に響く。
『後方五十メートル。追跡ドローン三機が接近中。次の角を右に曲がってください。そこには廃棄された荷物用エレベーターのシャフトがあります』
「エレベーターだって? 動くのかよ!」
『私がシステムの制御を強制的に奪取しました。マスター、迷っている暇はありません。跳んでください』
カイはアイリスの言葉を信じ、暗い穴へと身を投げ出した。直後、彼がいた場所を赤いレーザーが焼き払う。落下する感覚とともに、アイリスが操作する磁気クレーンがカイの服を掴み、猛スピードで下層階へと運び去った。
着地した場所は、ポートの最下層、巨大な核融合炉の廃熱ダクトだった。辺りは立ち込める蒸気と油の臭いに満ちている。
『ここで船のエンジンを遠隔起動します。サルベージ・ワンの自動操縦システムにリンクしました。ポートの外壁を強引に破壊し、この区画へ船を突っ込ませます』
「無茶を言うな! 船がバラバラになるぞ!」
『計算上、生存確率は十四パーセント。ですが、ここで捕獲されれば生存確率はゼロです』
アイリスの計算は常に冷酷だが正確だ。カイは歯を食いしばり、腰のホルスターから旧式のパルス・ピストルを抜いた。蒸気の向こうから、漆黒の装甲を纏った兵士たちが現れる。彼らのバイザーが冷たく光り、銃口がカイに向けられた。
「動くな、回収屋。そのデバイスを渡せば命だけは助けてやる」
兵士の一人が歪んだ声で告げる。しかし、カイは不敵に笑った。
「悪いな。俺はこの娘と宇宙を旅する約束をしたんだ」
その瞬間、轟音とともに背後の外壁が爆発した。瓦礫を撒き散らしながら、満身創痍の「サルベージ・ワン」が猛烈な勢いでドックに突っ込んできたのだ。アイリスが制御する船体は、まるで生き物のように敵の射線を遮る壁となった。
『今です、マスター!』
カイは爆風の中を突き進み、開いたハッチへと飛び込んだ。船内に入ると同時に、アイリスが全スラスターを逆噴射させ、機体は無理やり旋回する。追っ手たちの銃弾が装甲を叩くが、アイリスが展開した一時的なエネルギー・シールドがそれを弾き返した。
「アイリス、最大加速だ! このゴミ溜めからおさらばするぞ!」
『了解。メインエンジン過負荷を許容。空間跳躍準備……。さようなら、ノア』
サルベージ・ワンはポートの排気口を突き破り、再び真空の宇宙へと飛び出した。背後で、追撃艦が次々と発進するのが見える。しかし、アイリスが仕掛けたウイルスがポートの管制システムを麻痺させ、追撃艦のハッチは固く閉ざされたままとなった。
再び訪れるワープの重圧。カイは操縦席に深く沈み込み、隣に映し出されたアイリスのホログラムを見つめた。
「……助かった。だが、アイリス。お前、さっき『約束した』って言った俺の言葉、どう思った?」
アイリスは一瞬だけ、プログラムにはないはずの「戸惑い」を見せたように見えた。
『論理的な回答は不可能です。しかし、私のコア・メモリには、その言葉が重要なキーワードとして記録されました』
二人の逃避行は、今やただの生存競争ではなく、何か別の意味を持ち始めていた。星々の残響が、遠くで彼らを呼んでいる。




