無法者の港、錆びた希望
ワープの余波で船体が軋む音を聞きながら、カイ・レンは計器を叩いた。酸素濃度は低下し、電力供給も風前の灯火だ。暗黒の宇宙空間に浮かんでいるのは、巨大な小惑星をくり抜いて作られた、無法者たちの集積所「アステロイド・ポート:ノア」である。公式の地図には存在しない、銀河の影の住人たちが集う場所だ。
「アイリス、偽装信号は機能しているか? ネオ・テラに見つかれば、ここが俺たちの墓場になるぞ」
操縦席の傍らで揺れる青いホログラムの少女は、静かに頷いた。
『外部通信プロトコルを旧式の密輸船のものに書き換えました。生体反応もダミーの数値を送信しています。ですが、この船の構造的損傷は深刻です。あと一回の着陸で、主船体は金属疲労の限界を迎えるでしょう』
「わかってるよ。だが、背に腹は代えられない」
カイは慎重にスラスターを操作し、ノアの巨大なハッチをくぐった。内部は、錆びた鉄と排気ガスの臭いが漂い、無数のジャンク船が隙間なく並んでいた。着陸の衝撃とともに、船体のどこかが派手に崩れ落ちる音が響いた。
船から降りたカイは、アイリスのコア・モジュールを携帯用のデバイスに転送し、腰のベルトに装着した。周囲には、義肢を装着した傭兵や、顔を布で覆った情報屋たちが、鋭い視線を向けてくる。ここでは、余計な質問をしないのが唯一のルールだ。
「おい、カイ。またボロ船を壊したのか?」
背後から声をかけてきたのは、隻眼の老商人、バズだった。彼はこのポートで最も有力なジャンク屋の一人だ。
「バズ、冗談を言ってる余裕はないんだ。最高級のエネルギー・コンデンサと、船殻補強用のナノ・ペーストが必要だ。あと、静かなドックも貸してくれ」
バズはカイの腰にあるデバイスをじっと見つめ、不敵な笑みを浮かべた。
「お前が持ってきたのは、ただのパーツじゃなさそうだな。その光……旧帝国の技術か? 妙な連中がさっきからお前のような男を探しているぞ」
カイの背筋に冷たいものが走った。アイリスの存在がすでに察知されている。アイリスはデバイス越しに、カイだけに聞こえる微かな信号を送ってきた。
『注意してください、マスター。周囲に高エネルギーの戦闘ドローンが潜伏しています。偽装はすでに破られている可能性があります』
「バズ、取引は急ぎだ。これをやるから、今すぐ用意してくれ」
カイは懐から、先ほどのカプセルから剥ぎ取った希少な結晶体を取り出した。バズの目が欲にくらんで細くなる。しかし、その刹那、ポートの天井にある監視カメラが一斉にカイの方向を向いた。
静寂が破られた。重厚なブーツの音が鋼鉄の床を叩き、最新式の装甲に身を包んだ「ネオ・テラ」の特殊部隊が、煙幕とともに現れた。
「アイリス、脱出ルートを計算しろ!」
『了解。最短経路を算出。工区セクターの廃熱ダクトを利用します。マスター、走ってください』
カイはバズを突き飛ばし、暗い路地へと駆け出した。背後でレーザー銃の咆哮が上がり、鉄の火花が散る。平和な廃品回収屋の日常は完全に終わりを告げ、銀河全体を巻き込む逃走劇が加速していく。
錆びついた希望を胸に、カイは闇の中へと身を投じた。アイリスが映し出す青いガイドラインだけが、彼を導く唯一の光だった。




