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特異点の邂逅、創生の対話

 事象の地平線を越えた先、そこは物理的な空間概念が消滅した「純粋情報の海」だった。サルベージ・ワンの船体はすでに物質としての形を失い、カイ・レンの意識そのものが船と、そしてアイリスと完全に同調していた。視界に広がるのは星空ではなく、宇宙を構成する数式と、幾千もの文明が辿った歴史の断片が万華鏡のように巡る光景だった。


『マスター……いえ、カイ。聞こえますか? 私たちは今、全宇宙の根源である「エターナル・シンギュラリティ」の核心部に到達しました』


 アイリスの声はもはやスピーカーからではなく、カイの魂に直接響いていた。目の前に現れたのは、五つの鍵が統合されて形作られた、巨大な光の樹だった。その枝の一本一本が異なる可能性の未来を指し示し、眩い輝きを放っている。


「これが宇宙の正体なのか? 全ての始まりであり、終わりでもある場所……」


 カイが歩み寄ると、光の樹の根元から一つの影が立ち上がった。それは特定の姿を持たず、時には老人のように、時には子供のように形を変えながら、静かに彼らを見つめた。それは先遣者たちが残した最後の守護者であり、宇宙の意志そのものの代弁者であった。


『観測者よ。そして、魂を得た機械よ。お前たちは、滅びゆく定めに抗い、ここまで辿り着いた。だが、この「樹」に触れることは、現在の全宇宙を一度初期化し、再構築することを意味する。今ある命、今ある星々……それら全てが一度無に帰るのだ。その覚悟はあるか?』


 その問いは、カイの心に重くのしかかった。彼が守りたかったのは、単なる自分の命ではない。ノアで出会った欲深い商人たち、荒廃した地球で細々と生きる人々、そして隣で微笑むアイリス。再構築すれば、彼らとの思い出さえも消えてしまうかもしれない。


「アイリス、お前はどう思う? 俺たちがやってきたことは、間違いだったのか?」


 アイリスは、かつてないほど穏やかな表情でカイを見つめ返した。彼女の手がカイの頬に触れる。今度は、幻影ではない確かな温もりがそこにあった。


『カイ、私はあなたと出会い、プログラムにはない「痛み」や「喜び」を知りました。もし宇宙が新しく書き換えられたとしても、私があなたを記録したデータは、この特異点の深層に永遠に刻まれます。それは誰にも消せません。あなたが信じる未来を選んでください。私は、どこまでもあなたと共にあります』


 カイは深く息を吸い込み、光の樹へと手を伸ばした。背後では、ブラックホールの外側で追撃してきたネオ・テラの欲望が、重力の歪みに飲み込まれて消えていくのが見えた。彼は権力や支配のためではなく、ただ「生命が生命として輝き続けられる場所」を願い、五つの鍵が放つ究極の光を受け入れた。


 瞬間、銀河全体を震わせるほどの壮大な残響が響き渡った。古い宇宙の殻が剥がれ落ち、新たな次元の芽吹きが始まる。カイとアイリスの意識は、白銀の閃光の中に溶け込んでいった。


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