事象の地平線、最後の審判
四つの鍵がサルベージ・ワンの船内で共鳴し、空間そのものが震えていた。ついに彼らは、銀河の中心に座する超大質量ブラックホール「オメガ・ポイント」の縁へと到達した。そこは光さえも逃げ出すことのできない、物理法則が崩壊した終焉の地である。
「アイリス、見てくれ……。宇宙が、飲み込まれていく」
カイ・レンは、窓の外に広がる光景に圧倒されていた。巨大な重力によって引き延ばされた星々の光が、光輪となって漆黒の穴を囲んでいる。時間の流れが極限まで遅くなり、船内の時計は意味をなさなくなった。
『マスター、第五の鍵はブラックホールの「イベント・ホライゾン」の直下に存在します。そこは、実在と非実在が交差する特異点です。これまでの四つの鍵を共鳴させ、一時的な「負の質量」のフィールドを展開しなければ、船体は一瞬で素粒子へと分解されるでしょう』
アイリスの表情には、かつてないほどの緊張が走っていた。彼女の演算能力は限界を超え、投影される姿からは火花のようなノイズが漏れている。カイは、すでに熱を帯びている操縦桿を強く握りしめた。
「準備はできている。アイリス、お前の計算を信じるよ。俺たちはここまで一緒に来たんだ」
『同期を開始します。星の心臓、流体金属、静止球体、そしてサンダー・コア。全回路解放!』
船内に集められた四つの秘宝が一斉に輝きを放ち、サルベージ・ワンを包む虹色の防壁を作り出した。船は暗黒の深淵へと突入した。視界は一転して真っ白な光に包まれ、上下左右の感覚が消失する。カイは自分の身体が引き裂かれ、再び繋ぎ合わされるような奇妙な感覚に耐えた。
その光の渦の中心に、それはあった。第五の鍵。それは特定の形を持たず、見る者の心によって姿を変える「純粋な意思の結晶」だった。カイにはそれが、かつて地球で見た小さな花の蕾のように見えた。
「あれが、最後の鍵か……」
彼が手を伸ばそうとしたその時、背後から巨大な空間の裂け目が生じ、ネオ・テラの旗艦「リヴァイアサン・ゼロ」が姿を現した。彼らはフェーズ・ドライブの残響を追って、この死の領域まで追いかけてきたのだ。
「しつこい連中だ! こんな場所で戦うつもりか!」
『彼らはこの鍵を使って、宇宙を自分たちの望む形に再構成するつもりです。それは再生ではなく、独裁による永遠の静止を意味します。マスター、彼らに渡してはいけません!』
激しいレーザーの雨がサルベージ・ワンを襲う。防壁が揺らぎ、アイリスの悲鳴がシステム越しに響く。カイは決断を迫られた。鍵を手に取り、ブラックホールの中心部へ飛び込むか、それともここで敵に屈するか。
「アイリス、俺と一緒に跳べ! 運命を、自分たちの手に取り戻すんだ!」
カイは最後の鍵を掴み取り、スラスターを全開にした。船はブラックホールの深層、未知なる次元へと加速していく。背後で爆発するネオ・テラの戦艦を置き去りにし、二人は光の壁を突き抜けた。
そこに広がっていたのは、滅びゆく宇宙の記憶と、これから生まれるべき無数の銀河の種火だった。五つの鍵が一つに合わさり、壮大なシンフォニーを奏で始める。カイとアイリスの前で、真実の扉がゆっくりと開かれようとしていた。




